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ザ・マジックアワー




監督:三谷幸喜/新宿バルト9/★4(85点)
本家公式サイト

三谷幸喜の『映画に愛をこめて』あるいは『トーキング・ヘッド』。絶頂期の和田誠が監督していたら5点つけたかもしれない。
率直な感想。面白かった。

マジックアワーと言えばテレンス・マリック『天国の日々』を真っ先に思い出すのですが、これはトリュフォー『アメリカの夜』のパロディータイトルなのかもしれません。だとしたら、堂々『映画に愛をこめて』宣言なのでしょう。

正確には、メタ映画(←私が勝手に命名した映画舞台裏映画)とは趣旨を異にしているのですが、ゴダールのメタ映画『軽蔑』よろしくフリッツ・ラングばりに市川崑が登場するわけですよ。あるいは三谷幸喜が大好きなビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』のセシル・B・デミルですよ。

だってさあ、『犬神家』出演の返礼なんだろうけど、市川崑が常連・中井貴一で何か撮ってるわけですよ。それも『黒い十人の女』のパロディー。たぶん「黒い何十人の女」。その中井貴一のスタントを佐藤浩市がやらされて「なんであんな奴の代役やらなきゃならないんだ!」って言うんですよ。そりゃ笑うって。この辺で完全にスイッチ入った。気持ちが乗った。

「映画が好きなんだなあ」とシミジミ思ったのは、深津絵里が三日月に乗って歌うシーン。
ウディ・アレンが『ギター弾きの恋』でも同じことやってるけど、何がオリジナルなんだろう?
いずれにせよ三谷幸喜は、映画、特に古き良き時代のハリウッド映画が好きなんでしょうな。
そうした雰囲気や設定が最優先の人で、リアリティーは後回し。これは三谷作品の特徴(それが舞台的な要因でもある)で、失敗することもあるけど、今回はいい方に転がってる。

三谷幸喜が敬愛する和田誠も古き良き時代のハリウッド映画が好きな人で、この系統の映画を日本で真剣にやろうとしたのは、たぶんこの二人くらいじゃないだろうか?
正確には、
「絵コンテ重視」のヒッチコック好き=イラストレーター・和田誠、
「脚本重視」のビリー・ワイルダー好き=劇作家・三谷幸喜
という違いがあるんだけども。

これ、実はポイントで、三谷作品って、話は面白いけど、絵で見せる面白さは無い気がするんですね。
いや、「実は書き割りでした」といった絵的な笑いという意味じゃなくて、“なんだか説明できないけど圧倒的な映画のワクワク感”としての絵の面白さ。高揚感とでも言うのかな。

たしかに、中華テーブルに醤油が広がるシーンは『アンタッチャブル』のパロディーでしたよ。
たぶん西田敏行を撮る時は『ゴッドファーザー』みたいに上から照明当ててたと思うよ。
もしかすると映画館のシーンは『ニューシネマパラダイス』かもしれないし、暗殺失敗に対し「完璧な人間はいない」と言う台詞は『お熱いのがお好き』だし、そもそも“架空の人物になり代わる”という基本プロット自体が『あなただけ今晩は』なんだろうよ。
でもそういうことじゃないんだ。
和田誠は、ズームを使わないでカメラ自体が寄るといった古式ゆかしい手法にこだわったりして、観ていて面白かったもん。
そうだ、三谷脚本で和田誠が映画撮ればいいのに。

でも、この作品には、パロディーを超えた『映画に愛をこめて』があると思う。
話自体に「映画の力を信じる」というメッセージがあるように思う。
佐藤浩市がラッシュを見るシーン。弾着仕掛けのドタバタ。映画や映画の仕掛けが、ストーリーの転換に上手に使われている。

『ラジオの時間』もそうだったけど、一つの作品が、人を動かしたり人を変えたりする。
これは作家・三谷幸喜の一つの思想なのかもしれない。
それは一観客として素直に受け止めたい。
一つの作品に出会うことで、感じたり、考えたり、自分の中で何かが変わったり、そういう体験を素直にしたい。そういう作品にめぐり会いたい。「暗黒街の用心棒」みたいな映画に。

あのねえ、映画って、あんまりひねくれて斜めから観るもんじゃないよ(<お前が言うな)

2008年6月7日公開(2008年 フジテレビ)

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