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ノーカントリー




監督:ジョエル&イーサン・コーエン/渋東シネタワー/★5(90点)本家公式サイト

オッサンの独白ここに極まれり
かねがねコーエン兄弟はインテリだと思っているんですが、なんだか凄いとこに到達したなあと。うまく説明できないんですが。

数十年前の地方を舞台に、事件(犯罪)を巡って蠢く人間を、時に滑稽に、時にその悲哀を、少し突き放した視点で描くのが彼らの定番。
少し突き放した視点と言うと語弊があるかもしれませんが、その根拠は犯罪がたいがい“金”絡みだからなんです。犯人の可哀相な過去とか、呪われた家系とか、奥さん惨殺されて娘レイプされた復讐とか、そういう「“動機”に人生を背負わせる」ようなことをしない。どっちがいいとか悪いとかではなく、コーエン兄弟の描く事件は『砂の器』の対極にあるんです。

そして、たいがい「計画の狂い」からドラマが生じるんですが、今回は「既に事態が起きている」ところから始まる。

さらに今回、構成は『サイコ』と同じで、中心人物が変わるんですね。
保安官の独白から始まる分まだこっちの方が良心的で、ヒッチ先生は「お前、主人公じゃなかったのかよっ!」ってツッコむくらい大胆極まりないんですが。

要するに、「途中参加者」と「傍観者」の物語なんですね。これ、ちょっと凄いと思うんです。普通あり得ない。

『バーバー』もオッサン独白始まり&オッサン独白締めの映画なのですが、『バーバー』の場合はオッサン(ビリー・ボブ・ソーントン)自身が動いた結果がある。己の人生を振り返って一歩踏み出そうとする(けど巧くいかない)。
でもこの映画は違う。
時代からも事件からも取り残されたオッサン。「No Country for Old Men」。

また描写の構成も凄くて、当事者(途中参加者)は徹底して執拗に描写する。
例えば、足下に流れる血を避けて足を机の上に乗せるといった描写までする。
一方、傍観者側に視点が移ると大胆な省略法をする。
例えば、家から出てきた殺人犯が靴の汚れを気にする描写だけで、家の中で何が起きたか観客に想起させる。

そして終いには、トミー・リー・ジョーンズが「父親の夢みてさあ」みたいな話するじゃないですか。
事件を傍観することしかできずに引退した男のその独白が、もうねえ、なんだか、哲学的というか文学的な人生観を叩きつけられたような感じで、「このインテリ兄弟、凄いとこに到達したな」と軽く打ちのめされた感すらあったんです。うまく説明できないけど。

日本公開2008年3月15日(2007年 米)

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