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昼顔




監督:ルイス・ブニュエル/DVD/★4(85点)再鑑賞→
本家goo movie

ブニュエルが与える幻想と、『昼顔』のドヌーヴに持つ我々の幻想
江國香織の「間宮兄弟」の中でこんなクダリがある。

間宮弟の理想の女性は『昼顔』のドヌーヴだといったようなことに触れ、後々、人妻に恋をした時にこう書かれている。
ごくあっさりと化粧の施された顔は、孤独の色が濃かった。翳のある女。『昼顔』のドヌーヴみたいに。

そう。『昼顔』のドヌーヴは我々が抱く幻想なのだ。そうに違いない。だから『昼顔』のドヌーヴを観なければならない。
そう思ってDVDを借りた。(どうしてだ?)

約20年ぶりに再鑑賞。
俺はやっぱりブニュエルが好きだ。大好きだ(その割に5点つけてる作品はほとんど無いのだが)。

この映画、全編「ブニュエル節」で彩られた、実にブニュエル翁らしいブニュエル映画だと思う。
だいたいさあ、ジョゼフ・ケッセルの原作はどんなだか知らんが(「昼顔」を日本で最初に翻訳したのは堀口大学らしい)、おそらく相手の男どもはこんな変態趣味じゃないだろうよ。知らんけど。

サド、マゾ、死体愛好癖。これらは『小間使いの日記』などでも見受けられるが、パゾリーニのような「オエッ!」感が薄いのは、ブニュエルのスタンスが「そんなたいしたこっちゃないっしょ。誰だって大なり小なり何かのフェチとかあるっしょ。」というポジションで見ているからではないだろうか。冷やかというよりも、少し「笑い」のネタ視点で。

この映画の凄い所は、ずーっと“肉体”を巡るSM嗜好なのだが、最後の最後、フッと“精神”的SMに至るんですね。ある種、高みに至ると言ってもいい。
肉体を巡る“清楚”と“背徳”の両極と同じように、最後、精神的な“苦渋”と“開放”の両極が描かれる。あの窓を開けた瞬間の解放感などは圧巻で、こうした高度な映画にも関わらず、現実と空想と回想(少女時代のトラウマ)をないまぜにして煙に巻くんだな、この爺さんは。

(1966年 仏)

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