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街のあかり




監督:アキ・カウリスマキ/渋谷ユーロスペース/★4(70点)
(本家/goo movie公式サイト

宣伝担当者殺す!(レビューはひどいネタバレを含むよ)
宣伝担当者出てこい!殺す。殺してやる。どこの会社のもんだ!アミューズか!エイベックスか!アルバトロスか!それともやっぱり配給のユーロスペースが犯人か!

とにかく劇場予告編で全てのストーリーが分かってしまった。
「お前は利用されたんだ」って台詞と共に手錠を掛けられて刑務所のシーンまで写す。その上、ご丁寧に出所するワンカットまで入れて、売店の女と「全て終わった。なんて嘘。」「希望を捨ててないのね。」って台詞まで見せる。
ほんとひどい。結末以外全部予告で見せてる。嘘だと思うなら公式サイトを見てごらん。
そして、その結末に至ってはなんとチラシに書かれている。
「やがて、彼が必死で守ろうとした犬の導きによって、天啓というほかないラストシーンが訪れます。」
俺はこの映画を観て抱いた最大の感想は宣伝に対する憤りだよ。皿洗いのクダリ以外全部分かっちまうじゃないか!

さて、少し冷静にこの映画自体について考えましょう。
この映画には「希望」というキーワードが付いて回る。それはカウリスマキ自身が「希望で光り輝いている」と語っているせいだと思うのだが、ほとんど総て「希望に満ちた作品ですよ」と宣伝材料に使われている。

すると観る者は「それでも人は生きる希望を失わない」という“先入観”を持ってしまう。これも宣伝の悪影響なのだが、まあ、それはそれで一般的な解釈だろう。
だが私は少し違う。
アキが与えた“希望”は、「フランダースの犬」のそれに近いのではないだろうか。
はっきり言えば、アキが孤独な男に与えたのは「幸せな死」だったのではないだろうか。

だいたいさあ、「希望に光り輝いている」と語る直前にアキはこう言ってるんですよ。
「(孤独な)主人公にとって幸いだったのは、この映画の監督が心優しい老人(つまり自分)であったということです。」
真顔で冗談を言う男=アキ・カウリスマキ。
俺はそんなアキの言うことをマトモに信じることはできない。
三部作ということも“先入観”に拍車をかける。
だけど「労働者三部作」の時だってそうでしょ。最初の二作は希望を感じさせるラストだったけど、最後の一作はどうだった?
アキの定義する「希望」は、必ずしも世俗的な意味合いではないのではないだろうか。

あの最後のワンカット。
もし「生きる希望」だとすると、ショットが足らない気がする。アキは決して下手な監督ではない。意図的なカットだと判断する。
おそらく、私の様な多様な解釈を観客に委ねたカットなのではないだろうか。

余談

我等がヒロイン原節子=カティ・オウティネンがスーパーのレジ係で出ていて、なんだか少し安心した。

日本公開2007年7月7日(2006年 フィンランド=独=仏)

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