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バベル




監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/新宿バルト9シアター5/★3(55点)
本家goo movie公式サイト

だから?それで?
人間を傷つけるのは、愚かにも人間自身が作った機構(文明)である。

神が作ったのは言葉の壁。だが、この映画では(完全に分かり合えないにしても)人間は言葉の壁を超えようとしてきた(単一言語の日本では聾)。通訳、手話、筆記。しかし、神の意図した“混乱”だけは残った。(心身ともに)人が傷つく理由は、人間自身がその手で作った銃であったり、規則であったり、社会なのである。
(そう言った意味では、この映画の対極にあるのはデザスター・ムービーだな)

なんてことを書いてみたけど、敢えて人と違うことを言ってみたかっただけ。

いやもう、笑っちゃうくらい分かり易い話で、『21グラム』でも使った複雑な構成や(少なくともそれは『21グラム』よりは巧くなっているし成功している)や重く壮大なテーマで一見難解に思えるが、その実、画面上に描かれている以上のものが無い。
そこから半歩踏み込めば、誰でも自分なりにそれなりの解釈がいろいろ得られる映画。

しかし、一歩踏み込むと、もう何も無い。
その証拠に、いろんなところでいろんな人が書いている数々のコメントやレビュー。その解釈はほとんど似てるでしょ。

この映画の最大の敗因はタイトルだと思う。
だって、“バベル”って謳った段階でコミュニケーション不全は自明なわけじゃん。
「愚かな人間ども」ってことも自明なわけじゃん。
こまごま言えばいろいろ出てくるけど、結局根底はそこから一歩も先に進んでないわけじゃん。だから?それで?って感じ。

いや、面白いか面白くないかと言われたら、私はこういう話は嫌いじゃない。
イニャリトゥの巧さも、現代の「バベルの塔」を描こうとした問題意識や志の高さも買うしね。

でも、二歩、三歩と奥に進んでもそれ以上の解釈は生れないなあ。
要するに、二度三度観ても新たな発見が生れる映画じゃない。

十歩くらい踏み込むと、
「メキシコ人(監督ね)には東京の高層マンションがバベルの塔に思えたんだろうなあ」
という新たな解釈が生れるけど。

余談

日本クルーの中に「バレーボール指導:ヨーコ・ゼッターランド」とあったのが可笑しかった。

日本公開2007年4月28日(2006年 仏=米=メキシコ)

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