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アンフェア the movie




監督:小林義則/新宿バルト9 シアター9/★1(15点)本家goo movie公式サイト
テレビドラマ「アンフェア」が好きだった理由は、死体と同じ体勢で横になり「被害者が最期に見た風景」を疑似体験する主人公の姿だった。
殺された父親が最期に見たであろう風景=「ビルの谷間にそびえ立つ東京タワー」。
この圧倒的な映画的画面をテレビドラマで創造してしまった制作陣にとって、劇場版に残された選択肢は「スケールを大きくする」ことしかなかったのだろうか?

テレビドラマは大好きだった。
秦建日子の原作は最初だけで基本は佐藤嗣麻子のオリジナルというのが、私がこのシリーズに持つ印象。
スペシャルドラマで刑事課から公安に異動した辺りで少し手詰まり感があったが、映画は完全な息切れ。
それとも佐藤嗣麻子は映画には向かないのだろうか?『エコエコアザラク』や『ねらわれた学園』がそうだったように。
正直、秦建日子の原作部分は映画で充分通用する内容だった。
本作は、テレビドラマどーこー抜きにして、「映画」というものを「ただスケールを大きくすればいい」ものだと勘違いしているようにしか思えない。

「まるで要塞」と口では言う病院は誰でも地下から簡単に入れるみたいだし、
「設計図は!」と言ったものの建物構造が何かに活用されるわけではないし、
トラップが仕掛けられているなんて誰も言ってないのに時限装置解除に苦労してるし。
だいたいさあ「今が絶好のチャンスだ!」って寺島進がどうして時限装置解除が分かったのさ。
極めつけは指紋だの網膜だの生体認証を使う割にUSBメモリ(バッファロー製(笑))で簡単にデータ抜けちゃうし。あのねえ、ウチの職場だってUSBでデータ抜けませんよ。
そんな甘いセキュリティで最新鋭ですか。へえ。

と、まあ、こうした些細なツッコミを総て大目に見たとしても、なお、映画としてなってない。
その馬脚はいきなりアバンタイトルであらわになる。

子供が学校に行く時間に雪平夏美は電話で話している。
夫役の香川照行がスケジュールの都合で出演できないことを体のいい理由で説明したりしながら、何やら単独行動で探っていることを匂わせる。
子供は何か母親に話したがっている。
しかし母親である夏美は電話に夢中でそれに気付かない。

映画的な見方をすれば、ここで娘が話したいことは(家族にとって)何か重要な内容で、且つ、今この機会を逃したら話せなくなる不慮の事態が今後待ち受けているというのが定番だ。
正直このシーンを観ながら、何か事件に巻き込まれるであろうことはストーリー展開上当然あるべき形だが、まさか「実は今日誕生日」とか言い出したら殺してやろうと思っていた。

このシーン、母親であることよりも刑事という仕事を優先している女性を描写しているように見える。そしてそれが母性への回帰という全体の物語の伏線として重要にも思える。
ところがこのシーンには重大な欠陥がある。
娘が学校に行く朝7時台に話さなければならない電話の内容ではないのだ。

本庁からの呼び出しなら仕方がない。刑事という職業と母親の両立が困難である描写足り得るだろう。
だがこの電話は(それがどれだけ重大な内容であろうが)雪平夏美個人の調査なのだ。どうしてこの時間、長らく離れて暮らしていた娘(これはドラマ設定)を放って話しているのだ?
これが、雪平夏美の指示で動いているカオルちゃんからの緊急連絡なら分かる。だがそういう状況でもない。

要するに、「どうしても手が放せない」状況に見えないため、「娘を見送ることが出来ない」のではなく「(自らの意志で)娘を見送らなかった」状況に見えてしまう。
だから、その後、いくら必死に娘を探そうが、体を張って戦おうが、ドッチラケ。

現実問題、「これが今生の別れ」などと思って感無量で毎朝見送る奴は一人もいないだろう。だがこれはたった2時間の映画なのだ。平凡な家庭に突如降って湧いた事故ならそれでもいい。だが相当非日常の設定だ。そんなリアルいらない。物語を構築するための嘘をちゃんとついてほしい。
どうして、着信音一つ入れて「カオルちゃんからの電話」という描写にしないのか
(ここで観客の耳に着信音を入れておけば、後々重要な使用法でも活かされる)。
劇場映画が初めてのこの監督は、目先の派手さばかりにとらわれて、「上手な嘘を積み重ねて観客を納得させる」という肝心なことに気付かなかったようだ。

だいたいさあ、娘がその病院に収容されたのも偶然なら、加藤ローサが余計なことしなきゃ解放されてたわけでしょ。根本的な部分で、事件と母娘の問題は無関係じゃん。

映画として見るべき所は、濡れたブラウス越しに見える篠原涼子のブラ以外何もない。本当になんにも無い。サイテーだ。

2007年3月17日公開(2007年 関西テレビ/フジテレビ/東宝)

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