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監督:フランソワ・トリュフォー/CS/★3(53点)再鑑賞→
本家goo movie

ほんと、トリュフォーって話を見せるのが下手だなあ
あのー、私、ゴダール嫌いのトリュフォー好きなんですが、と十数年言い続けているんですけどね、最近ちょっと思うんです。

ゴダールって、実は巧いんじゃないかと。トリュフォーって、実は「へたうま」なんじゃないかと。いや、トリュフォーがヒッチコックに感化されたこうした作品を観ると「うま」かどうかすら疑わしく思えてくるんですが。

オッサンである私が、まだナウなヤングだった頃はゴダールを叩いたわけですよ。
ゴダールは文法が違うので叩くのは比較的容易なんですな。
ところがトリュフォーは「いい映画」に見えるもんだから叩きにくい。
ちょいワルオヤジになった今、あえてトリュフォー逆再評価。若い人は「つまらない」って言えるでしょうよ。オッチャンくらいになると愉快な映画なんだな、これが。でもハッキリ言うよ。ちょいワルオヤジだからな。トリュフォー、下手。

(他の映画で見られる)男女の機微を描く時の緊張感が、サスペンスとなるとまるでない。
それは狙いか?
いやあ、違うと思うなあ。
この映画、十数年ぶりに再鑑賞したんですが、もう大爆笑。
ロマンチック・コメディーってんだから笑えて当然なんだろうけど、監督が意図していないところで笑ってる気がする。
だってさあ、省略の仕方とかメチャクチャじゃん。

思い返せば、ヌーヴェル・バーグだなんだかんだ言っているが、トリュフォーの取り上げる題材ってのは意外に古典的なものが多い。
でも(古典の監督達のように)話を画面で伝えられないもんだからナレーションを多用する。
もう少し好意的に言えば、「撮りたいもの」が先行してそれ以外はどうでもいい。
男女の機微を描いた映画は「撮りたいもの」が多くて緊張感を保っているが、こうしたサスペンスは「どうでもいい」部分が多すぎて観ていて笑える結果になっている。
どうだ。トリュフォー新解釈だ。

ちなみにこの映画でトリュフォーが撮りたかったのは「脚」だと思う。
ファニー・アルダンのコスプレや窓から見える脚もそうだし、何よりファニー・アルダンが歩くシーンが多い。
ストーリー上必要な描写をすっ飛ばしても歩くシーンの扱いは長い。
ラストの子供の足遊びは「この子たちが大きくなったら誰が美脚になるのかなあ」という描写なのだ。いや、それは違うな。

(1982年 仏)

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