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ナイロビの蜂




監督:フェルナンド・メイレレス/飯田橋ギンレイ/★4(80点)
(/本家goo movie公式サイト
雄大で美しい大地に隠された、愛と陰謀と貧困と・・・
(ジャンル「恋愛」だぁ?このボケェ!)

この映画、日本ではいかにも恋愛映画の体裁で宣伝が繰り広げられた。
ジョン・ル・カレなのに。フェルナンド・メイレレスなのに。
恋愛映画なら客が入るんでしょうよ。恋愛映画気分で観た客がどういう感想を持とうが関係なく、金儲けさえできればいいんでしょうよ。
正直、本家は [ Drama / Thriller ]となっていてホッとしたよ。シネスケは信頼できるサイトだ。

たしかに、この映画の根底に流れるのは愛である。切ない夫婦愛であり、悲しい慈悲の愛である。
だがなあ、そういうことは配給会社に教えてもらうことじゃねーんだよ!観客が読み解くことなんだよ!配給会社が超えちゃいけない「ネタバレ」なんだよ!
この映画、あくまで表層である骨太ミステリーとして売るべきだった。
それを、こうした場で、「これは愛の映画だ!」と喝破すべきなのだ。俺が。
一度試してみたい。この映画が「社会派サスペンス」「骨太ミステリー」と宣伝されても、俺は間違いなく「愛の映画だ!」と言っていたはずである。そしてそれを読んだ人々に「こいつ頭オカシイ」「無茶な旗を振る」と思われたろう(<既に何度も言われている)。何故なら、宣伝などの信頼できる筋(?)がそう言えば、そういう色眼鏡で見てしまうからである。そういう色眼鏡で見てしまえば、この映画に於ける夫婦愛などは「動機」に過ぎず、映画の要素としての一つのスパイスに見えるのだ。
要するに何を言いたいかというと、これまでも何度も言っているが、「配給会社の宣伝文句に騙されるな!」ということである。

だが、この映画の本質は「恋愛」ではなく「愛」なのだ。
男女の恋愛を紐解いた先に、女の信じた慈悲の愛に気付く物語だ。
妻の行動を意図的に見ぬふりをしていた夫は、妻の行動にやっと目を向けたことで、自分への愛と博愛に満ちた彼女自身を遅まきながら本当に知ったのだ。そしてもう一度、改めて愛し、気持ちも身体も彼女と一緒になっていく。だからあの場所へ赴くのだ。もう一度、彼女と一緒になるために。

謎解きの果てに愛に帰着する話を、恋愛から入っちゃったら、犯人明かしたミステリーみたいなもんだろうが。

正直に言うと、フェルナンド・メイレレスということもコロッと忘れ(映画を見始めてから気付いた)、ジョン・ル・カレ原作であることもコロコロッと忘れ、「レイフ・ファインズ?この設定?恋愛映画?どうせまた『イングリッシュ・ペイシェント』みたいな大層ご立派な見せかけだけの映画なんだろ?」くらいに思ってロードショーを見逃し、名画座で鑑賞(<『イングリッシュ・ペイシェント』こそ宣伝騙しの典型だと思っている奴)。

まず、その絵作りに感服。
一見、手持ちカメラをぶん回しているだけに見えるその画面は、各ショットで必要充分な情報を確実に捉えている。そしてその構図。色使い。アップと引きの絶妙な使い方。カットのリズム。これは想像以上に計算された画面設計に違いない。
『シティ・オブ・ゴッド』でも思ったが、この監督、「表の美しい風景/裏の貧困・暴力」を描くのが巧い(本作の「暴力」は強者・大国のそれだったが)。
言い換えれば、「表面に隠れた事実」「宣伝文句の背後にある本質」を描く作家なのだろう。いや、宣伝文句ウンヌンは関係ないな。

画面に向かって無邪気に笑う子供の映像で泣きそうになったよ。
これなんですよ。感動だのなんだのってのは、涙ながらに抱き合ったりナンだりすることじゃないんですよ。
あのねぇ、大きな声じゃ言えませんがね。ぶっちゃけ、ここだけの話、これ観たら、『ホテル・ルワンダ』なんかクズに見えますよ。

日本公開2006年5月13日(2005年 英)

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