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サクリファイス




監督:アンドレイ・タルコフスキー/日比谷シャンテシネ/★5(85点)(再鑑賞↑)/本家goo movie

アンドレイ・タルコフスキーの遺作は細い木と少年で終わる。

大学生の時にリアルタイムで映画館で観た。この作品がタルコフスキー初体験だった。
それはもう「体感」と呼んでいいくらい、まだ頭の柔らかかった当時の私にタルコフスキーは染み込んだのだった。

それから20年。スクリーンでの再会。
どうしてもこの目で(できればスクリーンで)確かめたいことがあった。

「アンドレイ・タルコフスキーの遺作は細い木と少年で終わる。」

これは私の発見でも何でもなく、多く語られた有名な話である。
私自身の記憶の中でもそれは間違っていなかったのだが、
後にデビュー作を観て、やはりもう一度遺作をこの目で確かめたいと思っていたのだ。

「長編デビュー作『僕の村は戦場だった』は細い木と少年から始まる。」

『サクリファイス』における少年("子供")に、「未来」あるいは「希望」という言葉を当てはめてみる。
「声」はおろか「名前」も与えられない"子供"に、そう仮説を立てるだけで、この映画の解釈はグッと広がる。

『サクリファイス』で起こる出来事は、全て主人公の「妄想」だという仮説を立ててみる。
解釈はガラリと変わる。だが、映画上の符号はピタリと一致してしまう。
「全てではない。核戦争は現実でそれ以後が妄想なのだ」と言っても、この映画の符号はピタリと一致してしまう。

少し前に流行ったタルコフスキー解釈以降、我々は「感じる」ことではなく「理解」することに努めている気がする。
「木と子供」に集約した自身のキャリアの中でタルコフスキーが何を伝えようとしたのか、その解釈はもっと多種多様でいい。

ただ、タルコフスキー映画の解釈に文字を当てることが、非常に困難なのである。

個人的な想いも含めて、再鑑賞で点数上げる。

(1986年 スウェーデン/フランス )149分


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