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世界の中心で、愛をさけぶ


世界の中心で、愛をさけぶ

監督:行定勲/地上波/★3(58点)本家gooDB

長澤まさみというサナギが映画女優に孵化する瞬間を、映画館で立ち合うべきだった。
この企画がきた時、行定勲は「正直、困った」そうだよ。話がつまらんと思ったのかどうかは知りませんが、「似たようなことを既にやっている(『ひまわり』)」ということで。
しかし、そこはそれ、職業人・行定勲は「東宝」の仕事を受けたかったんですね。初のメジャーヒット『GO』(これは東映)の勢いを借りて東宝配給が決まっていた『サヨナライツカ』が原作の辻仁成 とモメてポシャった結果、この仕事を逃したら「俺は一生マイナー監督だ」とでも思ったのでしょう。だから、行定自身に、この話に対する思い入れは微塵も無いんですね。きっと。

しかし私は、堤幸彦演出のテレビドラマ版をバリバリ観てましてね。あ、この映画は地上波放映で観ました。何故なら行定はもちろん、公開当時、長澤まさみにまるで興味が無かったからです。今は好きです。この映画を観ている最中抱きしめたくなりましたよ、長澤まさみちゃんを。多分、俺より背が高いけど。

で、テレビドラマ版に慣れていたせいもあるかもしれませんが、割と堂々とした映画に見えましたよ。東宝シンデレラガールの長澤まさみちゃんとホリプロタレントスカウトキャラバンの綾瀬はるかの違いですかね。関係ないですか。そうですか。

例えば、長澤まさみちゃん(<うるさいな)が、ヘッドフォンをして教卓に肘をついている教室のシーン。実に映画的な画面(えづら)なわけです。

例えば、病気が重くなった彼女を、主人公の少年は(<男は名前すら覚えないらしい)ドアの隙間から遠巻きに見るんです。直後、「何もしてやれない」と嘆く父親をすごいアップで撮るんですね。完全な少年視点なわけですが、その距離感たるや、自分が「何もしてやれない」側の人間であることを少年が気付くことをカメラワークで見せるわけです。その結果、「何かしてやろう」と思い立ち、ガラス越しに触れ合い、クライマックスに至るわけです。

そしてそのクライマックス。有名な「助けてくださ〜い」シーンですが、これは誰に向かって助けを求めているのか?カメラが俯瞰でとらえることによって、天に向かって叫んでいるシーンに昇華されるのです。

思い返せば、割と早い段階で(ラジオのクダリかな)薬を飲むシーンを入れているのです。
これによって、「もしかすると彼女は病気」であること、あるいはその病気を「彼女自身が知っている」可能性を提示するのです。そう解釈すれば、ボンクラ男子に告白することも、ラジオの偽ネタに激怒することも、みんな腑に落ちる。バリバリ陸上やってるのはイマイチ腑に落ちませんが、短い人生を悔いなく完うしようという姿勢の現れであるとも考えられるわけです。

そんなこんなで、行定勲という人が、(行定センチメンタリズムのあざとさも鼻に付くのだが)映画的センスを持った人であると感心した映画でした。ま、カメラの篠田昇の力量も大きいと思いますが(行定が岩井俊二の助監督をしていた時知り合ったのだろう。この映画自体、全編“岩井俊二の縮小再生産”みたいな感じもする)。あと、長澤まさみちゃんが可愛いかった(<しつこい)。

余談

この映画の脚本(の主要部分を)を書いてる(と思われる)のが坂元裕二って輩で、「東京ラブストーリー」の脚本を書いてる人なの。第一回フジテレビ・ヤングシナリオ大賞でデビューした典型的なバブル期トレンディードラマの申し子。この映画に感じる「違和感」はその辺も要因の一つだと思う。『GO』での脚本のテンポを殺さなかった出来を考えれば、行定は脚本に大きく左右される監督なのかもしれない。

2004年5月8日公開(2004年 東宝)


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