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タッチ

監督:犬童一心/新宿ジョイシネマ3/★2(42点)本家gooDB公式サイト

原作を抜きにすればそこそこのアイドル映画にまとまっているが、原作の方が映画的なもんだから始末におえない
要するに、『ゴジラ』をやめた東宝の今年の「自社制作」作品なわけである。まず長澤まさみ主演ありきで企画が進められ、何故か『タッチ』に行き着いた。他の出演者はおろか、監督も未定のまま制作が決定された企画映画である。

長澤まさみは犬童一心にこう言ったそうだ。「今度は『タッチ』以外でご一緒させてください。」

私はかねがね「原作と映画の比較は愚かしい」と言い続けているのだが、そんな奇特な客は千に一人か万に一人。「冒険できない」と犬童一心が言ったように、原作が有名であればあるほど、観客の望む『タッチ』でなければならないし、観客の望む浅倉南でなければならない。これは監督にとっても長澤まさみにとっても窮屈なことだったようだ。

あの長い原作をこの尺にまとめのは根本的に無理がある。そもそもあだち充作品は長いからこそ高校生のじれったい恋愛が生きるのであって、映画の中にも読んでいる場面が登場する短編集「ショート・プログラム」にはたいして面白い作品は無い。要するに映画向きではない作家なのだ。
従って、大胆なエピソードの取捨選択や、和也の影を最後まで引っ張って達也を超人にしなかった点などは評価していい。そこそこ“まとまっている”と言う理由はここにある。

だが、観客の望む『タッチ』を意識しすぎたのか、要するに観客をみくびっているのか、犬童一心の演出力を疑うほど「映画的」でない仕上がりとなっている。

浅倉南が声を上げて泣くシーンがある。原作では列車が走り泣き声をかき消す「映画的」なシーンである。人前で泣き崩れたりしない気丈な性格を描写するシーン。ところが映画はどうだ?橋の下ならどこでもいいわけじゃない。
浅倉南がキスをするシーンがある。唐突なキスだからこそ達也が戸惑う。その真意を図りかねる。どうして二段ベッドを登るマヌケな描写が必要なのか?
事故シーンを見せる必要があるだろうか?
球場へ走る南と試合経過をカットバックする必要があるか?あくまで南視点で、南と一緒に観客も試合経過を知った方が盛り上がったのではなかろうか?
そんなに観客をバカだと思っているのだろうか?

それに、そもそも「野球」が分かっていない。

野球は「3」のゲームである。
3アウトで攻守交代、3ストライクでアウトになり、3ボールを超えたらランナー出塁。3塁を超えたら得点可能となり、イニングも3×3回。グラウンドにいる選手も9人。
あだち充の原作が、他の野球マンガはもちろん、自身の他の作品よりも傑出している理由の一つは、この「3」のゲームと「三角関係」を「高校3年間」の中で扱ったことにある。

だから双子の弟が1年生エースである必要があり、2年生でライバルが出現して破れ、3年生で夢を達成しなければ意味がないのだ。能の「序破急」の呼吸がここにはあるのだ。ダメだよ2年生で甲子園に行けちゃ。「その後のタッチ」なんてアニメ作ってる奴も分かってないんだよ。この映画と関係ないけど。

だいたい、弟が乗り移ったからっていきなり高速スライダーを投げられるはずもなく、仮に投げられてもそんな球ノーサインでキャッチャーが捕れないよ。

その日の内に『メゾン・ド・ヒミコ』を観なかったら、犬童一心株大暴落するところだった。

9月10日公開(2005年 東宝)


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