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池袋モンパルナス

劇団ジャムジャムプレイヤーズ第18回公演/at:新宿シアターモリエール

友人おかみふみかつ氏主演の舞台は、図らずも私個人の時間を遡る旅となった。

戦前、芸術家の卵達が多く、「池袋モンパルナス」と呼ばれた土地。現在の豊島区長崎。西武池袋線の椎名町駅、あるいは東長崎駅近辺。
おかみ氏は「私の好きそうな話」と思い薦めてくれたのだろうが、図らずも、この地は私にとって頻繁に足を運んだ想い出の場所なのである。
芸術家と言うと口はばったいが、芝居の登場人物達同様、物を創る事を夢見て、若い時間を過ごした場所なのだ。

そこには親友Sが、上京してから今日に至るまで十年以上住んでいる。
Sと初めて会ったのは高校生の時。たぶん、高2から高3になる春休みだったと思う。
地元の地方ラジオ局の番組主催で、毎年、自主制作アニメの上映会が行われていた。
当時私は、その番組で少し名の知れた常連ギャグ投稿者だった(当時のペンネームを突然思い出し、試しにググッてみたらヒットしてビビッた)。
その時私は観客として会場にいた。
Sは出品者として舞台に上がっていた。ま、作品の上映だから、普通出品者は壇上に登らないものなんだが、彼は事情が違った。
映像は出来たがアフレコが間に合わず、壇上で“弁士”をやったのだ。
何年間か続いたこの企画で、後にも先にも彼一人だったという。
Sを初めて見たのはこの時だ。

実は同じ高校だった。間もなくクラスメイトになった。

私より1年遅れて大学生となったSは、迷わず映画研究会に入った。
私は、彼の大学での初監督作品の仕上げに呼ばれた。初めて訪れたSのアパート。椎名町。
例によって〆切(大学祭)に間に合わない状況に追い込まれたようだった。
私はアフレコやら効果音やら、連日彼のアパートで過ごした。
次の作品からは、Sのアイディアを具体化する脚本家として、時にはコメディーリリーフ出演者として、時にはカメラを回し、声色を変えて何人ものアフレコをやり、効果音を作ったり、作曲したり、そして〆切を守らせるために尻を叩くプロデューサーとして、様々な形で制作に携わった。

やがて二人は社会人となり別の道を歩み始めた。(私は、最初に勤めた会社の現場研修で、偶然にも豊島区長崎を訪れることになるというオマケまでついた)、

転職した私は時間に余裕が出来、本格的に脚本を学び始めた。
そこで書いた企画が目にとまり、チームオクヤマに呼ばれた。ここで一発かましていればモノになったろうに、数本の企画書を書いただけで、私はモノにならなかった。
孵化するどころか、卵にすらなれなかった私。
卒業後のSはテレビ局に勤めている。
まだクレジットに名は乗らないが、ドラマ制作の現場で働いている。
今、孵化しようと頑張っている卵。
そんなSと私が過ごした「池袋モンパルナス」。
今、羽を伸ばそうとしている劇団ジャムジャムプレイヤーズが、私の過去を呼び起こした。

舞台とは無関係な、いたって個人的な話。

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