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カナリア

監督:塩田明彦/渋谷アミューズCQN/★3(55点)本家gooDB公式サイト

これは、塩田明彦による『小さな恋のメロディ』であり『緋牡丹博徒』である。

偶然、地下鉄サリン事件からちょうど10年目の当日に映画館で鑑賞。そうか、もう10年か。しかし、そんな事とは無関係に私のreviewは進んでいく。

何故なら、それを「字幕」で説明した段階で「テーマ」ではなく「設定」にすぎないという“宣言”をしているからだ。
あの事件にインスピレーションを受けたとはいえ、「かの教団は何だったか」「何故犯行に至ったか」などという事実やワイドショー的な興味は監督に無く、事件後の「人」だけが焦点なのだ。教団内部の描写にしても、それは教団を説明するためではなく、彼の「人間的関わり合い」のために終始している。だから、実在の教団やその事件を引き合いに出しての批評は、この映画にとって的はずれでしかない。

これは「魂の孤児」の物語だ。カルト教団は「魂の孤児」を描くための設定にすぎない。主人公の少年・少女ばかりではない、大人達も皆「魂の所在を見失った」者達ばかりなのだ。

そのための設定は非常に理不尽で不条理だ。「子供は親を選べない」のと同様、理由も無くその身に降りかかる。『もののけ姫』のアシタカの腕と一緒だ。理由は何も無いし必要でも無い。「母親が何故カルト教団に入信したか」などということは、物語上無意味でしかない。

私はこの物語を「魂の所在を失った少年・少女が寄り添う物語」と読み解いた。
それを『小さな恋のメロディ』と称したのだが、あまり正しい例えではない。何故なら主人公二人の「成長物語」と簡単には言い切れないからだ。「寄り添って」はいるが必ずしも「成長」とは言い切れない。ある意味「破滅の物語」とも思える。むしろ『愛のコリーダ』の方が近い気もする。

それより何より、「私が(妹を)取り返してくる」と雨の中を鋭利なドライバーを手に突き進む少女の姿は、まるで『緋牡丹博徒』の藤純子。実は塩田明彦って結構「レトロ」なんだよね。
そう考えると、逃亡者を匿い人々と触れ合い最後は復讐劇という、全体を通じて「任侠映画」的ストーリーの様な気がするのは俺だけか。俺だけだな、たぶん。

「ワタシは他人に迷惑かけてないって顔してる奴が嫌い」という少女の台詞。これは塩田明彦の思想なのだろう。「人間って生きてるだけで迷惑かけてるじゃない」。だから塩田明彦は真摯に冷徹に人間を見つめる。生ぬるいハッピーエンドなど求めない。あのエンディングの曲はその思想の現れに違いない。あれは応援歌だ。明確な闘う目的を見失った子供達は、これから「社会」という目に見えない敵と闘うのだ。そんな彼らに向けた応援歌だ。

ま、個人的には、もっともっと「痛い」映画を期待してたんだけどね。生ぬるい。

2005年3月12日 公開(2004年 日)


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