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丹下左膳

TVドラマ・特番/演出:本木英克/日本テレビ/★2

話としては面白いが大いに文句あり。何故今リバイバル・ヒーローブームなんだろう?それ以前にこの企画意図は何だ?
“中村獅童の”と冠をつけたほうがいい丹下左膳。巧いか?と聞かれれば微妙。
この夏トヨエツ演じる丹下左膳も公開予定で、それはもう下馬評は目を覆いたくなるような惨状で、私も予告編を見たが目を覆ってしまったほど。
やはり丹下左膳は大河内伝次郎しかいない。他知らないけど。正直『百萬両の壺』しか見たことないけど。
獅童は、殺陣の構えだけは大河内伝次郎を真似ていたと思う。よく分かんないけど。
だいたい殺陣のキャリアが違い過ぎるから比較するのも気の毒なのだが。

このドラマがどこまでオリジナルに近いのかは分からないが、もしオリジナルに近いとしたら山中貞雄はものすごくよく出来たパロディーを作ったもんだ。
ていうか、今調べたら本当のオリジナルは「新版 大岡政談」の一キャラだったのね(そして数多くの人がリメイクしていることも知った)。
そう考えると、「勝新だったらなあ」と思わせなかったたけしの『座頭市』は大したもんだと思う。

テレビでは時々こうした時代劇のリメイクを時々やるが、一体何が目的なんだろう?
オリジナルを見ていた年配者に「まったくなってねえな」と言わせるのが目的なんだろうか?

そもそも私はリメイクというものが理解できない。
私だって『百萬両の壺』や『人情紙風船』のような素敵な話を書きたいと思うし、『七人の侍』や『天国と地獄』みたいな映画を撮ってみたいと思うし、『パトレイバー』みたいな話が書けたら死んでもいいと思うくらいだ。
だが、それは『キル・ビル』同様「あんなことがやりたい」という気持ちであって、「そっくりそのままリメイクしたい」わけではない。既にそれは傑作として存在しているのであって、何をどう逆立ちしたってかなうはずがない。それでも「リメイクしたい」と思うのは、単に想像力が欠如しているだけなのではないかと思ってしまう。『サイコ』のリメイクに至ってはドン・キホーテだ。
もちろん「こんないい話をこんな映画にしやがって」みたいなこともある。例えば『櫻の園』とか『コキーユ』とか(<中原俊嫌い)。俺が作ればもっと面白くなる!と思う。だけど本当に山中貞雄の『百萬両の壺』を超えられると思っているのだろうか?想像力以前に知能が欠如しているとしか思えない。あ、このドラマと関係なかった。

それ以前に、『キャシャーン』とか『キューティー・ハニー』とか『デビルマン』とか、何故今リバイバル・ヒーローブームなんだろう?
え?キャシャーンと丹下左膳を同一で語るなって?
時代劇はSFなんだよ。チャンバラヒーローも特撮ヒーローも同じく子供達のヒーローなんだよ。仮面ライダーごっこをする以前の子供達はチャンバラごっこをしていたんだよ。

そう考えると、この数十年、「ウルトラマン」と「仮面ライダー」以外に何かヒーローが生まれただろうか?脈々と続く戦隊ヒーロー物のオリジナルが「ゴレンジャー」であることを考えれば、石森章太郎と円谷プロしかヒーローを生み出していない気がする。あと永井豪。石森・永井の大元が手塚治虫であるなら、未だこの国は手塚&円谷の呪縛から逃れていないのだ。いや、アメリカだってかつてのアメコミヒーローにすがってばかりだ。定着しなかったが心意気だけ買えば、サム・ライミの『ダークマン』とクドカンの『ゼブラーマン』くらいしかないじゃないか。我々の世代は何をやってるのだ。この数年間で新たに生まれたヒーローとは「セーラームーン」と「モーニング娘。」だけなのか。やはり時代は女が強いのか。

話を“中村獅童の”丹下左膳に戻そう。

殺陣のキャリアに目をつぶるとして、話はもとより面白いし、演出は『釣りバカ』『ドラックストアガール』で堅実な演出をする本木克英だし、そこそこ面白かった。
が、
こんなシーンでドラマは終わる。

左膳がお藤に金を貸せと言う。
お藤「何に使うんだい?またバクチかい?やなこった」
(ともさかりえのお藤はナカナカよかった)
何も言わない左膳。そこへ子供(チョビ安)が来て言う。
チョビ安「浅草祭りに連れてってくれるって」
お藤「なんだい、そういうことかい。そうならそうと早くいいな」
と言って金を出す。
それを受け取った左膳がこう言う
「いつもすまねえな」

「いつもすまねえな」だぁ?
どうして丹下左膳にそんな台詞を吐かせる。
さも当たり前の様に受け取りつつ、でも心の底では「いつもすまない」と思っている、という演技で見せなさい。それが丹下左膳じゃないのか。よく知らないけど。

そしてエンディングはTHE BLUE HEARTSの「僕の右手」だ。
♪僕の右手を知りませんか?行方不明になりました♪
ええっ!?まんまじゃん。しかしまあ、百歩譲ってそれはよしとしよう。

エンディングテロップのバックに流れる映像は、丹下左膳と子供が
“浅草花やしきのジェットコースターに乗っている”姿。
ええっ!?何じゃそりゃ?
最後の最後で、このドラマは自らが構築した世界観を全てぶち壊しにしてしまう。
一体、このドラマは何がしたかったんだ????
丹下左膳がジェットコースターに乗っている絵が面白いと思ったのだろうか?
だとしたら全く分かっていない。
「いつもすまねえな」の台詞もそうだが、丹下左膳が“ヒーロー”であることが分かっていない。そして“ヒーロー”の何たるかが分かっていない。そして現代が登場する事で、時代劇はSFであるという事が分かっていない。そしてそれがリメイクした意義だとするなら、リメイクというものが何なのか分かっていない。

そもそも、この異形の殺戮鬼を「カックイイ!」と受け入れた日本文化の懐の深さはどこへいってしまったんだろう?

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