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下妻物語




監督:中島哲也/日比谷シャンテシネ3/★4(79点)本家gooDB公式サイト

中島哲也の映画はいつだって「夏休みの終わり」のような切なさが漂う。桃子もイチゴも我々の姿だ。
彼女達はどこにでもいる普通の女の子・・・というわけではない。
マニアでオタクで世間からズレてて社会的に言えばダメな部類でカッコワルイ。

これは我々コメンテーターの姿だ。
ハリウッド超大味映画が大ヒットしているのを見て「あれはジャスコだ」と見下している我々の姿だ。

ふとした拍子に、何かのコメントが誰かに認められたと仮定しよう。
「君のコメントなかなかいいね。どう?今度ウチの雑誌に映画評を書いてみない?」
なんて事になったとしよう。
その依頼を受けていざ書き始めて気付くはずだ。
「やべえ、書けねえ。ビビッてる」
そして考えるのだ。
「コメント書くのが好きなのか?映画を観るのが好きなのか?」と。

これはそういう映画だ。

私の友人は映画が好きで好きで映像制作の仕事に就こうとテレビ局に入った。だが彼は映像好きを“飯を喰うのが好き”の例えてこう嘆く「毎日毎日マズイ飯喰わされるんだ」。
私の友人に絵の巧い奴がいてデザイン関係の仕事に就いた。しかし、日々クライアントのワケノワカラナイ要求をポスター化することしか出来ないと嘆く。

「サッポロ黒ラベル」(トヨエツと山崎努が温泉卓球するやつね)や「フジカラー写るんです」等々を手がけたCM界の超大物【中島哲也】自身、そうした辛酸を数々舐めてきたに違いない。そんな時、人は不安になり自分自身までも嫌いになってしまう(中島映画は常に「過去の自分が嫌い」というテーマと「不安な空」が出てくる)。
だが彼は人生の先輩として我々に言っているのだ。そんな中でも「自分を見失うな」と。
監督が主人公側の人間でなければ、彼女達は単なる「不思議ちゃん」で終わっていただろう。

冒頭の軽薄なロココ調の描写は正に“現代”だ。
そしてこの映画は、安易な「成功物語」に陥らない。所謂“アメリカン・ドリーム”ではなく、等身大の“下妻ドリーム”なのだ。
浮かれた時代の中で、(空飛んじゃったりもするが)地に足をつけて(ウンコ踏んだりするが)自分を見牛(<違う)見失わない人間の物語だ。

「私は時々、空を飛んでいる感覚になる」といったクダリは中島監督の真骨頂。

長編デビューにして平成9年ペペチーベスト映画『夏時間の大人たち』では、不安になるほど抜けるような青空を描写し、前作『Beautiful Sunday』では閉塞感極まる主人公がビルとビルの谷間から青空を見上げる。
そしてこの映画の(牛久大仏以外の)建造物が一切無い、自分の立ち位置すら分からなくなってしまうほどの大空もまた「不安」なのだ。

この不安感は何だろうと考えていつも思う。「夏休みが終わる感覚」に似てはいないか。

甘酸っぱい切なさにも似た、何が不安かと言って具体的には何もない、嬉しいのか悲しいのかもよく分からない、漠然とした、喪失感にも似た、曖昧な不安。
多分、それが青春というものなのだろう。
この映画にはありとあらゆる青春の要素がブチ込まれている。

このヒットを契機に『夏時間の大人たち』がDVD化されることを切に切に切に切に切に願う。

2004年5月29日公開(2004年日)


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