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ロスト・イン・トランスレーション

監督:ソフィア・コッポラ/渋谷シネマライズ/★4(72点)gooDB公式サイト

今一番肩の力の抜けた女性監督だと思う。女の尻が孤独を物語るとは思わなんだ。
最近たまたまコリーヌ・セローやジェーン・カンピオン(ん?昔はシェーンじゃなかったか?)を観て女性監督づいているのだが、彼女達は「女性であること」を最大限生かそうとしている。カンピオンに至ってはフェミニズムバリバリで、痛々しいほど「女性の視点」にこだわる。
そんな彼女達を否定するつもりはない。そういう先駆者はどの世界でも必要な存在だからだ。

ところがソフィア・コッポラはそれを軽やかにクリアしていく。
かつてバリバリのフェミニストと言われた上野千鶴子が、椎名林檎を同様に評したことがある。「すごい。こんなに自然体のまま軽やかにフェミニズムを超えていった」と。
男であるとか女であるとかを超越し、ましてや偉大な映画監督の娘であることなど遥か彼方に置き去りにしていく。

だがこれは、女性であることを主張はしないが、紛れもなく「女性の視点」の映画だ。

男と女の距離感。手を伸ばせば触れられるのに触れない僅かな距離。最高に切ない距離。
これは男にゃ難しい。どうしたってエロくなっちゃうもん。ヨハンソン嬢のパンツ写してエロくないんだもん。
男でギリギリ近いものに『マディソン群の橋』があるが、イーストウッドが大人なのと中年男女という足かせがあってのもの。
もちろん他にもあるんだろうけど、この「自然な空気」は男には出せないと確信している。
(個人的な希望を言えば、最後にビックカメラ近くで抱き合うのは蛇足だと思うがね)

ソフィア・コッポラが自分の好きな街で好きな友人達と見たり感じたりしたことを一応物語り形式にしてただ見せているだけにも関わらず、そこに息づく雰囲気と空気は、言葉では形容し難い独特のセンスがある。中年男との淡い恋物語だって、恐らく自身の体験だろう(と勝手に推測)。つまりこれは私小説なのだ。ソフィア・コッポラの私小説。
押井守は「いろんな人形を見て歩いた」実体験を「いろんな人形を見て歩く男の話」として『イノセンス』を作り上げたが、本作もまさに同じ。ソフィア・コッポラの『イノセンス』(<本当か?)
それをあくまで肩の凝らない自然体で仕上げてしまう辺り天賦の才能なのか。やはり親父のDNAなのか。うーむ。

日本公開2004年4月17日(2003年米)


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