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犬神家の一族




監督:市川崑/CS・再見↑(2004.04.02鑑賞)/★5(95点)本家gooDB

この映画の真のジャンルはミステリーでもサスペンスでもない。最もファンキーでメロウなゴシックホラー、いや、「市川金田一」という唯一無二の新ジャンルだ。世界に誇れる「日本映画」だ。ていうか誇れ。
そもそもゴシックな日本映画という段階でえらく矛盾しているのだが・・・。

何年か振りに何度目かの鑑賞(<何も伝達していない文章)。
今まで「何万回観てもワクワクドキドキする」とだけコメントしていたのだが、今回何度目かの鑑賞で気付いた(何万回はおろか十回も観てないけど)。「ワクワクドキドキ」の理由は観る度に新しい発見があるからだった。

例えば、生首菊人形発見シーン。
金田一の驚く顔が数カットで撮られているのだが、その中のわずか1秒足らずのショットに明らかにピンボケが混じっていたりする。
これを岩井俊二は絶賛する。
「あんなのミスショットかテストショットですよ。ボツですよボツ。それを使ってリズムを生み出してしまうんですから」

推理小説を映像化する場合はどうしても状況を説明する必要が生じる。
例えば、どうして珠世が犬神家にいるのか?佐兵衛が世話になった人の孫だから、などといった説明。
通常、質問する人、それに答える人、という形の会話で観客に説明がなされる。ストーリー上避けて通れない所だが、映画的には退屈な箇所でもある。つまり映画的な「動き」が得にくい場面なのだ。

ところが市川崑はこんな場面でも映画的な動きを欠かさない。

質問→回答という形の質問部分を省略し、いきなり回答から入る。二者が別々に説明している場面をカットバックして一つの説明にしてしまう。しかも歩きながらの会話。それも鳥瞰(これまたわずか数秒のカットだが)。画面いっぱいに家々の屋根、その間を歩く小さな人物を横移動で撮影(どうやって撮ったんだ?)。
またある時は夕刻。一転してワンカット長回し。観ているうちにドンドン日が暮れていき、部屋の明かりを灯す。
またある時は、次のシーンに出てくる琴が唐突にインサートされる。
遺言状を読むだけで一体どれだけカットを割っていることか。
その遺言の内容が不満だと騒ぎだすシーンに至っては『サイコ』のシャワーシーン並。

この映画で最もトリッキーなのは殺人事件ではない。実は市川崑のカット割りだったのだ。

(1976年日)


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