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ミスティック・リバー

監督:クリント・イーストウッド/新宿ジョイシネマ2/★3(58点)gooDB公式サイト

俯瞰好きのイーストウッドが仰ぎ見る「星条旗」
ここんとこのイーストウッド映画には、必ずと言っていいほど「星条旗」が映り込む。
鳥瞰、俯瞰が好きなのは監督デビュー作からだったが、星条旗はいつから出てきたんだろう?
星条旗を写す時、決まってカメラはローアングルだ。そして(だいたい)決まって「正義」を振りかざしている。そして本作は(本作だけではないが)「間違った正義」を振りかざしているシーンだ。
これが何を意味しているのか、それは観客が各々感じればいいだけのことだ。

こうしたシーンも含めて、この映画の演出は完璧である。
「白い空」と「黒い川」の対比。繰り返される十字架のイメージで提示する「原罪」と「聖痕」。その場、その時で留まったままであろう彼らの時間を重ね合わせる穴に落ちたホッケーのボール。果ては階段の立ち位置による人物の位置付けまで、あまりにも、あまりにも完璧なのだ。人間の不完全さを描いた映画であるにもかかわらず。

私の好きな映画評論家は、あまりの完璧さに『赤ひげ』にも似た「冷たさを感じた」という。そう、この映画には温かな視点がないのだ。

そしてここからは、私の「間違った解釈」を展開する。

私には、ケビン・ベーコンの奥さんにまつわるエピソードが、まるっきり邪魔にしか感じられなかった。
このストーリーで、ケビンとショーン・ペンは一歩踏み出す形で終わっている。「あの事件」が彼らを留まらせていたのであれば、それを振り切って踏み出すきっかけとなったのはティムの死ということになる。少なくとも私にはそう思えた。

これを要約するとこうなる。
ティムが死んだとたん、出ていった奥さんは戻ってくるわ、夫婦の絆は強まるわ、俺達のトラウマの原因だったティムが死んでよかったなあ、って話になっちゃってるじゃないか。

そう思ってしまう根源が、ケビンの奥さんにまつわるエピソードなのだ。
百歩譲ってショーン・ペンはいいわな。物語に絡んでるから。ところがケビンは、物語に絡んで来ない奥さんのエピソードが「ケビンの物語」の中心にあるおかげで、ケビン自身までもが物語に絡んでいないのだ。
これは脚本の致命的なミスだ。演出は完璧であるにもかかわらず。俺の間違った解釈であるにもかかわらず。

日本公開2004年1月10日(2003年米)137分


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