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ダーティーハリー

監督:ドン・シーゲル/DVD/★5(80点)gooDB

娯楽の変質について真面目に考えてみる
物の本には、ドン・シーゲルは「アメリカ史上最も偉大なB級監督」であり「骨太の娯楽作品に徹した人」と書かれている。
本作は興行的にも批評的にも大成功だったそうだが、仮に現在、同じ状況下(当時イーストウッドは名前で客の呼べる俳優ではなかった)で公開されたとして、娯楽作品として興行的・商業的に成り立つか甚だ疑問である。

暗くて地味でスローテンポで、現在の商業ベースで言う所の「娯楽」とは対極にあるような気がする。
唯一、銀行強盗とっつかまえて車が横転して消火栓から水がブシューってのだけが、商業ベースで求められる「映画的」「ハリウッド的」アクション娯楽部分でしかない。これだって「予告編用に一つ派手なモン入れとくか」ってな添え物にしか思えない。
これが最大の見せ場なら、もっと後半のクライマックスの一つに配置してもよかったろう。少なくとも、現在の商業ベースで言う所の「娯楽作」は大概そうしている。

だが、ドン・シーゲルはそんなことはしない。
否、彼はそんな目先の派手さに興味は無いのだ。

ラストやスタジアムの「うわっ!なんて撮影するんだ!!」とブッ飛ぶ驚異のロングショットはもちろんのこと、冒頭の屋上から突き出たライフル銃口のアップだけでワクワクするような「娯楽」じゃないか。スクールバスのフロントガラスにハリー・キャラハンのシルエットが映り込むだけで血わき肉躍るじゃないか。

カーチェイスや爆発やCGを全否定するわけではない(無意味な物は御免こうむるが)。
だが、我々観客も制作者も「より多い刺激」を求め過ぎて感覚がマヒしてはいないか。
スリルとサスペンスを目先の派手さと勘違いしてはいないか。

本当に面白いってのはそんなもんじゃない。「何をどう撮るかだ」

ドン・シーゲルはそう教えてくれる本物のB級娯楽職人だ。

(1971年米)103分


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