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窮鼠はチーズの夢を見る



ゲスな俺はトドの夢を見る。トドのつまりは需要と供給。


監督:行定勲/ユナイテッド・シネマとしまえん/★4(80点)本家公式サイト

最初に私ごととゆーか、ちょっと寝ぼけたことを書きますけど、「さとうほなみ」という女優と「ほないこか」が私の中で一致してなかったんですよ。何度か見たことある綺麗な女優さんだなと思って見ていたのです。一方、ほないこか女史にはかつてガッツリ惚れてたことがあって何なら俺の元カノくらいの気分だったもんだから、同一人物だと分かった時は、女優やってることにビックリしたというよりも、気付かなかった自分にビックリした。あの下着姿を「ほないこか」だと思って見てなかったからなんかモッタイナイ。

映画の話をします。実は予想していたのとだいぶ違った。
「男同士の恋愛」を「障害」として「設定」するもんだと勝手に思い込んでいました。

ところが映画は、男も女も「並列」で、まるで性別なんか関係無い世界で繰り広げられる恋愛ドラマ。
中盤、元カノほないこか女史が「こいつ男!あたし女!」と言い出して初めて「あ、やっぱり男女の恋愛が普通の世界だったんだ」と気付かされたくらい(<ちょっと言い過ぎ)。
例えるなら『ボニョ』を「人面魚だ!」と指摘する婆さんが出てきて初めて「あ、これアニメ的表現じゃなかったんだ」とグニャってなったのと同じ(<たぶん全然違う)。
性的マイノリティの苦悩だとか、LGBTQといった社会派的な何かなどは全然描かれません。それがいいとか悪いとかいうことではなく、ただただ恋愛ドラマとして面白い。

しかも、何か大事件があって破局したりするわけじゃないんですね(だから「やおい」と言われるのかもしれませんけど)。そこも優れている。

私は需要・供給曲線だと思ったんです。
大倉君の中で成田凌の存在が次第に大きくなっていく(右肩上がりの)必要度グラフと、成田凌が次第に壊れていく(右肩下がりの)指数グラフ。2つの線が交差してた点が「二人にとって幸せな時期」。その「幸福点」を過ぎれば、互いに離れていくのはある意味自然なことなのです。
それは、異性だろうが同性だろうが、恋愛だろうが友情だろうが、「自然の成り行き」でしかない。
それを映画少年行定勲は「繊細な腕力」で静かにすくい取る。BGMも無いままスッとタイトルが出される冒頭から、「静かで自然な」トーンで映画が進行するのです。
ああ、そうか。先に「男女の恋愛が普通の世界」と書いたけど、語弊があるかもしれないな。単純に世の中、男女の恋愛の需要と供給が高いだけなのかもしれない。

「死」を巡るエピソードが2つ出てきます。
1つ目は、成田凌が探偵家業で探していた家出人が死んでいたという話。
このエピソードの後、主人公2人の距離がグッと縮まります。
もう一つは国広富之の葬式。大倉君と部下ちゃんの距離が縮まり、主人公2人の関係は別ステージに移り始めます。

この2つのエピソードが「別幕へ移るきっかけ」であることは、演出でも表現されます。

1度目のエピソードが飯屋で語られる前、自室で電話で話す成田凌のシーン。ここで所謂「ミゾグチ」をやるんですね。室内を移動する成田凌を障害物を挟みながらカメラが横移動で追う。何か別のステージに足を踏み入れたような印象の演出です。

同様に2つ目の死のエピソード「葬式シーン」では、大倉君と部下ちゃんの姿を、まるで幕が下りる様に傘が覆い隠し、フェードアウトします。小説で言えば一つの「章」の終わりを感じさせます。
いつも同じことを書いていますが、行定勲という人は本当に「映画が巧い」。映画的引出が多い。

私個人は、LGBTQに対して差別や偏見を抱いていないつもりです。
「人それぞれでいいじゃん」くらいな感じで、語弊があるかもしれませんが、むしろ無関心なくらい。
だから(かどうか分かりませんが)この映画のジェンダーレス感に何の違和感もなかったんです(ただ単に映画が巧かったせいかもしれませんが)。
ただ、自分は女の子が好き。大好き。だから最後にトドの話をしましょう。

トドは、戦いで勝ち残ったオスが20頭くらいのメスを独占するんだそうです。俺、生まれ変わったらトドのオスになりたい。勝ち残る前提。
おっと、せっかくいい映画なのに、最後にまた「ゲス」な話をしてしまった。



2020年9月11日公開(2020年/日)

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