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僕の好きな女の子



北方謙三に聞け!(レビューはひどいネタバレを含みます)

監督:玉田真也/アップリンク吉祥寺/★3(50点)本家公式サイト

黒猫チェルシー渡辺大知を我が家では「2」と呼んでいるのですが、これは大久明子『勝手にふるえてろ』の役名(?)です。朝ドラマニアのウチのヨメに言わせれば、渡辺大知は「まれ」でも山崎賢人の「2番手」で、奈緒も土屋太鳳の「2番手」だったそうなので、この映画の主演2人は2番手「顔」のようです。

であれば、大久明子が『勝手にふるえてろ』で「1」に北村匠海を据えたように、1番手の「顔」があるはずです。なのに太賀かよ。中野英雄の息子かよ。ヨメに言わせれば「2番手中の2番手顔」(<失礼な)。
もしこの話が「2」の「想い出」なのだとしたら、美男子「1」に獲られるべきだと思うのです。心に残る恋の痛手とはそうしたものですし、圧倒的いい男に敗れたことで納得できる。
しかしこの話が「妄想」だとすると、優しそうでどこか自分と似ている「2番手中の2番手顔」がしっくりくる。つまり男にとってそれは都合のいい「安心」なのです。

原作未読なので分かりませんが、この映画が描こうとするものが「恋の痛手」ではなく「妄想」だとするならば、それは「夢オチ」と同じこと。逆に「じゃあ、今まで我々が見せられていたものは一体何だったんだ?」と怒りさえ湧いてきます。
最初にタネ明かしするなら面白い構成の映画になったでしょうが、オチにしちゃうこの作りは致命的欠陥だと思うんです。

この小説(エッセイ?)は、妄想彼女との丁々発止のやりとりを楽しく読ませる話なのかもしれません。楽しく読んでいるうちに、その軸がフッと少しずれ、急に切ない恋物語が浮上する。たぶん、そういう話なんじゃないかと思うのです。読んでないけど。
しかし映画(映像)だと、丁々発止のやりとりは、実はどーでもいいんですね。
文章で読んだらボケとツッコミが面白いネタでも、映像化されたら「仲良しの2人」「楽しそうな2人」という表現のための情報でしかない。会話の面白さは単なるオマケ。観客の興味は2人の「恋の行方」に向けられてしまうのです。

にもかかわらず、「そんなオンナは最初から存在しなかったのです」。おいおい都市伝説かよ。
「あ、あなた、いつもそこに座ってニヤニヤしてますよね・・・」危ない人だよ。ホラーかよ。

百万歩譲ってホラーオチ部分を全部忘れたとして、浮かんでくる(観ている最中の)感想は「DTかよ」。
これが、高校生(せいぜい大学生)くらいの話だったらキュンとするかもしれない。
あるいは、オジサンが年の離れた若い娘に振り回される話なら納得する。経験あるし。
でもこれ28歳設定でしょ?
北方謙三先生だったら「ソープに行け!」で終わりですよ。



2020年8月14日公開(2019年/日)

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