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ひとよ



思わず涙するほどいい話なんだけど、いい映画に思えないのは何でだろう?

監督:白石和彌/テアトル新宿/★3(66点)本家公式サイト

ふと『万引き家族』を思い出したのですが(松岡茉優が出ているからかもしれない)、この2つは対局にあると思ったのです。
あっちは、他人なのにまるで家族みたいという「疑似家族」。こっちは、血がつながっているのにバラバラの「仮面家族」。家族のあり方を問う物語って、だいたいこの2つに分類される気がします。

以前もどこかで書いたと思うのですが、「家族なのに他人みたい」という「仮面家族」の草分けは森田芳光『家族ゲーム』(1983年)だと私は思っています。それが最終的に黒沢清『トウキョウソナタ』(2008年)に行き着くのですが、その話は今回はひとまず忘れましょう。
逆に「他人なのに家族みたい」という描写は、人物関係を家族に見立てることにある種の収まりの良さがあるのでしょう、様々な作品で(意識的か無自覚かを問わず)登場します。しかし「レンタル家族」を登場させることで逆説的に家族(というか人間関係)のあり方を意図的に問うたのは、園子温『紀子の食卓』(2006年)や岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)だったと思います。

何故こんなことを書いているかというと、ペペロンチーノはスカした監督が好きなんだなということではなく、家族のあり方を問う物語と「時代性」は不可分なんじゃないかということを言いたいのです。
単純に、小津安二郎の頃と現在と、描くべき家族のあり方が同じであるはずがない。

翻って、この『ひとよ』はどうでしょう?
正直、江戸時代でもいい話。むしろ江戸時代の方が向いている話。
「え?いま、これ?」というのが正直な感想。
だって、菊池寛が大正時代に書いた「父帰る」と根本的には変わらない。

なら家族物は横に置いておいて、服役者の物語として考えてみたらどうでしょう?
それならば顔の見えない大衆による心無い中傷とかが焦点になると思うのですが、この映画は「顔の見える個人」に原因を矮小化してしまう。
そう考えると決して服役者の物語ではないし、その矮小化の仕方がやはり家族に帰結する。
そうなるとやっぱり、佐々木蔵之介のクダリも含めて、時代性を離れて、ただただ「特殊」な設定で終わってしまうんですよね。特殊な設定で終わってしまうということは、要するに「他人事」なのです。

「おにぎり」が何度か出てきます。
これに意味があるべきだと思うし、もしかすると意味をもたせているのかもしれないけど、早朝出勤した佐々木蔵之介が自前の朝食でおにぎりを食べるんです。そうすると、もう「母のおにぎり」に何の意味も見出だせなくなってしまう。せめてコンビニ食にしろや。そういう所が無造作な気がするんですよね。



2019年11月8日公開(2019年 日)

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