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キング・オブ・コメディ



ヤベーやつ、こわい。


監督:マーティン・スコセッシ/早稲田松竹/★4(77点)本家
2020年2月、休日の早稲田松竹で鑑賞。『レイジング・ブル』と併映。
最初のうちはしょぼくれたオッサンばかりだった映画館に、次第に若いカップルも押しかけて立ち見になるほど超満員だった。『ジョーカー』の影響でしょうかね。

1982年、マーティン・スコセッシ40歳頃の作品。
『タクシードライバー』の延長線上のような作品で、その「ヤベーやつ」感は『タクシードライバー』より分かりやすいけど、暴力的でない分「危険度」は『タクシードライバー』より分かりにくい気がします。
危険だよ、これ。非常に危険。終始、気持ち悪かった。

この映画で私が興味深いと思ったのは、「テレビ」の影響力です。

ルパート・パプキンは「テレビに出たら人生が変わる」と思っているわけです。
寄席で腕を磨くでもなく、「テレビでネタ披露したら爆笑間違いなし。人生一発逆転。俺、天才」と思っているわけです。ヤベーやつ。

シドニー・ルメット『狼たちの午後』(75年)の主人公は、テレビに(というか「メディア」に)よって意図せず祭り上げられてしまいます。
長谷川和彦『太陽を盗んだ男』(79年)は、プロ野球のテレビ中継を最後まで放映しろと要求します。

この頃、テレビの影響力が最も強かった時代だったと言っていいでしょう。
テレビ普及の影響で映画が斜陽産業に転じた1960年代から10年以上が過ぎ、映画はテレビを「目の敵」にするだけの状況を超えて、物語のテーマに据えるようになったのです。

しかし私はどこかで読んだ気がします。
テレビが一家団らんの一ツールであったのは70年代半ば頃まで。その後は、テレビが一家団らんの中心だったのではなく、もはやテレビが無ければ一家がまとまれない時代になっていた、という説です。

この説はともかく、この映画で描写されるテレビは一家団らんとは無縁で、むしろ「孤独を増幅させる装置」として存在しているように思えるのです。

果たしてラストは現実か?妄想か?なんてことがよく言われるようですが、私はそもそも、時折入る母親の声すら現実かどうか怪しいと思うんですけどねえ・・・。



(1983年 米)

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