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フォードvsフェラーリ



古臭い英雄譚。カーレース版『相棒』。フェラーリ関係ないし。

監督:ジェームズ・マンゴールド/TOHOシネマズ日比谷/★3(60点)本家公式サイト
90年前後のブームの頃のF1ファンだったもんだから『ラッシュ/プライドと友情』ではかなり熱く語ったんですけどね。ル・マンは門外漢なんだ。さすがに生まれる前の話だし。

それでも少し語ると(オジサンは語りたがり)、フォードの別チーム扱いで名前が出てくるドライバー「マクラーレン」はあのF1のマクラーレンの創始者ね。ブームの頃のマクラーレン・ホンダ。その後、マクラーレン・フォードとかマクラーレン・メルセデスとかあったけど、今はマクラーレン・ルノーなのかな?ちなみに当時F1のフォードはベネトン・フォード。緑のベネトンカラーで格好良かった。一方「イタリアの赤い跳ね馬」フェラーリは純血主義。エンジンまで全て自社製品。ま、会社自体がフィアット傘下だけどね。
映画もフェラーリがフィアットの傘下に入るくだりは面白かったんですよ。

でもこの映画、企業同士の戦いは関係ないんです。
フェラーリはフォードがレースに参戦するきっかけに過ぎない。
劇中「我々が欧州で戦うのは初めてじゃない」と言い、かのエンツォ・フェラーリをまるでヒトラー扱いしますが、どう見ても「贅肉だらけ」のフォードの方が腐った組織なのです。
「醜いフォードと美しいフェラーリ」という表現は、車体だけでなく経営理念もそうだったのです。つまりこの映画の敵役はフォードという会社。
(エンツォ死後、90年代のフェラーリF1チームも醜いお家騒動が常だったけどね)

ところがその敵役を会社組織ではなく副社長という個人に矮小化してしまう。
巨大組織に挑むアウトローバディ野郎ならまだしも、矮小化された個人とのショーモナイ社内闘争。この「対立構図」は面白いのか?
ついでに言うなら、レース中のフェラーリスタッフは言葉の通じないインディアンみたい。古臭いアウトローバディ物に加えて「古き良き」西部劇のノリ。

本来、この映画で描くべき「対立」あるいは「葛藤」の面白味は、マシン製作にあるべきだったと思うんです。
例えば「もっと車体を軽くしたいけど、もう削る所がない!」とか「ダウンフォースの代償で加速が鈍くなった!」とかさ。
ところがやったことと言えば車に毛糸を貼っただけ。それ以外マシン製作エピソードなんか皆無。バットマンは文句言うだけでモーガン・フリーマンが直してくれる。

たしかに、複数回あるとパターン化に陥りがちなレースシーンの見せ方なんかは秀逸でしたよ。
雨の中ピットから出ていくタイヤ跡がレインタイヤ(スリットが入ってる)とか。
空港の背景に、今はなきパンアメリカン航空(通称パンナム)の飛行機が写るとか。しかも今じゃ見ないT字尾翼でさ。どうやら今はなきボーイング727らしい。それが一番興奮した(<車もレースも関係ねーじゃん)。

余談

レース参戦を勧めるフォード重役のリー・アイアコッカって聞き覚えのある名前だと思ったら、後に(日本のバブル期に)著作が世界的ベストセラーになり(自叙伝なんだけど今のビジネス書のはしりだったように思う)、米国を代表する経営者として「ジャパン・バッシング」の急先鋒になる人。当時ニュースでよく名前を聞いた。たしか最近死んだんだよ。ネットで検索すれば英雄扱いした死亡記事がゴロゴロ出てくる。大前研一だけボロクソ言ってるけどな。

もう一つ語りたい。

実は知らなかったんだけど、この映画のGT40をイメージしてアイアコッカが後に作った伊米合作スーパーカーがデ・トマソ・パンテーラなんだってよ。デ・トマソ・パンテーラって言いたいよね。興奮する。

でもこの映画のレースシーンより『ブリット』のカーチェイスの方が興奮しちゃうんだ(ちょうど翌日にケーブルテレビで観たもので)。
あ!マックイーンが乗り回してるのフォード車だ。1968年の映画だから、アイアコッカが若者向けのアピールに仕掛けたのかもしれないな。

なんか結構楽しく語っちゃったよ。



日本公開2020年1月10日(2019年/米=仏)

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