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沈黙〈デジタルリマスター版〉



ベルイマン「神の沈黙」3部作の最終章。実は「女って面倒くさい3部作」じゃないかと思う。

監督:イングマール・ベルイマン/ユジク阿佐ヶ谷/★4(70点)本家公式サイト

誰が呼んだか銭形平次ならぬ、誰が呼んだか「神の沈黙」3部作。
この3部作は「光」で貫かれていると私は勝手に思っています。
最終章の本作も、早い段階で、少年が車窓から夕日(?)をまともに浴びます。
ああ、少年には「神の存在」が見えちゃったんだ。でもまだ子供だから、おそらくその事実に気付かないのでしょう。そして大人になると見えなくなってしまうのです。
実際この映画は、これ以降「夜」のイメージが強くなってきます。さらに戦車など「不安」のイメージも増殖します。

私は「神の沈黙」3部作は、実は「女って面倒くさい3部作」なんじゃないかと思っていました。とうとうこの映画では面倒くせー姉妹が主軸です。視点は『ファニーとアレクサンデル』と同様に少年視点なんですけどね。

言葉の通じない国。
言葉の通じない通りすがりの男と身体を交わし、言葉の通じない執事が介抱してくれる。
しかし言葉の通じるはずの姉妹は溝が深まるばかり。
(姉の職業が翻訳家というのも皮肉だ)。
コミュニケーション不全。バベルの塔の物語だ。

ベルイマンは子供の頃から性的興味津々のエロ少年だったそうで、時代が異なればみうらじゅんのようにエロスクラップを作っていたことでしょう。コクヨのスクラップブックが無い時代でよかったな。
この映画を制作した頃のベルイマンは45歳(たぶん4度目の結婚をしていた)ですが、性的興味津々だった自身のエロ少年視線を投影させているように思うのです。終始エロい。

分かった!
この「神の沈黙」3部作と呼ばれる作品群に、私は「神」よりも「女」を感じていたのです。
『鏡の中にある如く』の姉、『冬の光』の女教師、『沈黙』の姉妹(あるいは母)。3本ともどこかエロスが漂っているのです。
だから私は「女って面倒くさい3部作」だと感じたのです。

女性こそ「神」である。しかし女性はワカラン。なんなら面倒くさい。それが「神の沈黙」。これが私の解釈です。大いなる誤読。



(1963年/スウェーデン)

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