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ジョーカー



なんだ。お前、その程度の奴だったんだ。


監督:トッド・フィリップス/渋谷シネクイント/★3(60点)本家公式サイト
どうも。トランプ政権以後アメリカ映画に暴動物が多いな、最近の日本の若者の間では「闇」絡みのコンテンツが流行ってるな、と思うペペロンチーノです。

面白い映画でした。
一口に言うなら、『オペラ座の怪人』に対する『ファントム・オブ・パラダイス』かと思ったら、『キング・オブ・コメディ』であり『タクシードライバー』だったのです。

その面白さの要因は『ザ・マスター』ホアキン・フェニックスの怪演であったり、『ハングオーバー!』のイメージしかなかったトッド・フィリップスの予想外にキレキレな演出であったり、語りがいの多い映画だったりという辺りです。
しかしなぜこの程度の点数かというと、その語りがいがあまり褒められた内容じゃないからなのであります。

私が以前からぼんやり思っていたことを村上春樹が「騎士団長殺し」で言語化してくれたのですが、世の中はだいたい「メタファーとイデア」で構成されていると私は思っているんですね。メタファーは暗喩、イデアは理想や理念と訳されますが、私の中でイデアは理想形あるいは幻想と訳す方がしっくりします。串に刺さった三角や丸の「おでん」の絵がありますよね?あんなおでんは実在しないのに、あの絵を見たらおでんと分かる。あれはおでんの「イデア」なのです。

元々「バットマン」におけるジョーカーは「悪のイデア」だったと思うのです。
それはもう圧倒的に理不尽な“異物”。異物だからトランプの「ジョーカー」の姿であり、悪いのに笑顔だから狂気なのです。異物だから、ジャック・ニコルソンやヒース・レジャー、ホアキン・フェニックスという俳優界の“異物”が似合うのです。

ところがこの映画は、悪に堕ちる理由を「カクカクシカジカ」と理詰めで説明してくれちゃうのです。なんなら同情すら誘ってくれます。
既存のキャラクターに背景を肉付けした脚本はよく練られていると思うのですが、逆に「幽霊の正体見たり枯れ尾花」みたいなもので、イデアじゃなくて実像になっちゃうんです。
正体不明の圧倒的に理不尽な“悪”が恐怖なのに、正体が分かったら“異物”ですらなく、大して怖くないんですよ。「なんだ。お前、その程度の奴だったんだ」って感じ。

また、この「可哀想な人」の物語には、西洋人が大好きな「オイディプス」の物語も重ねられます。父親殺しの物語ですな。
直接的には自分を捨てた父親の話が出てきますが、私は「メタファー」としての父親殺しの物語もあると思うのです。

私は冒頭に「『キング・オブ・コメディ』であり『タクシードライバー』である」と書きましたが、ロバート・デ・ニーロこそ父親の「メタファー」なのです。ついでに言うならこの映画でホアキン・フェニックスは大幅に減量したそうですが、デ・ニーロの『レイジング・ブル』に相当します(全部スコセッシだな)。
そんなデ・ニーロに銃口を向けるこの映画は、アーサーという登場人物の父親殺しの物語を超えて、映画史における偉大な父親殺し(父親越え)に挑んだ作品なのかもしれません。



日本公開2019年10月4日(2019年/米)

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