三谷幸喜は「総理と呼ばないで」という、やはり「支持率最低総理大臣」ドラマを1997年に手がけていますが、当時、実際に内閣支持率低空飛行は長く続いていたんですよ。2001年の小泉純一郎、93年の細川内閣(と橋本内閣の最初の頃)以外、支持率50%超えなんて田中角栄まで遡らないとないんだからね。ドラマの数年後に森喜朗が史上初の支持率一桁台を叩き出すほど、支持率低迷は「内閣あるある」だったのです。
ところが今日、悔しいけど安倍内閣は支持率がコンスタントに高い。特に若い人の支持が高く、この映画で三谷幸喜が(珍しく)主張する「国民のための政治を!」なんて言うのは中年以上の年寄りで、今時の若者は「政治に余計なことしてもらいたくない」「今のままでいい」という思想なのです。少なくとも今は。
まずそこが時代感を読み誤っていると思うんです。
たしかにヒットドラマ「民王」も政治(内閣)のコメディ化で、いずれも「純真無垢な心が世界を動かす」ドストエフスキー『白痴』の物語なのです。
ところが「民王」は、若者が世の中に物申すから意義があったわけですよ。エンケンの姿でも菅田将暉だからよかったわけですよ。
ミキプルーン食ってたオッサンが改心しましたって話を見せられてもねぇ。てゆーかミキプルーンって何?あとユーグレナって何?
改心と言えばこの話、実は「記憶」を巡る話じゃなくて「人格」を巡る話なんですよね。
その話運びも古臭く感じちゃうんです。
例えば宮藤官九郎なら、記憶が戻ってまた悪者になってまた記憶を失って善人になってとか、行き来したりすると思うんです。
人格に関しても、結局映画は草刈正雄以外なんとなくいい人な感じなんですが、例えば岡田惠和だったら、最初から悪人が存在しない善人だけの世界だったりするわけですよ。悪人不在でドラマ転がすってかなり難しい。
つまり、正統派喜劇と言えば聞こえはいいけど、今時の作劇法ではないように思えるのです。
てゆーか、飯尾さんの耳とか何なの?飯尾ナンバー1の時の方がナンボか面白いのに。
私はさして期待もせず(結果、期待より面白かったんだけど)、好みの女優陣をウヒウヒ観に行ったんですね。小池栄子先生、斉藤由貴、石田ゆり子、吉田羊。なんて素晴らしい世界なんだ。これだけでご飯三杯いける。
だけどいまいちウヒウヒしなかったんだよなあ。何だろう?これまでも三谷幸喜作品に好みの女優は多く出てたのに、あまりウヒウヒした記憶がございません。
あ、木村佳乃と宮沢喜一の孫はよかったよ。
2019年9月13日公開(2019年 東宝=フジテレビ)
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