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パンク侍、斬られて候



かくして全能の神は人類との交信を断ったのでした、という神話。むしろ黙示録。

監督:石井岳龍/渋谷TOEI/★4(88点)本家公式サイト
いやあ、笑った笑った。
クドカン脚本ということもあるかもしれないけど、最近の石井映画ではかなり理解しやすい部類だと思います。
『爆裂都市』で出会った石井聰亙と町田町蔵が、石井岳龍と町田康としてこうしてタッグを組むのも感慨深い。
しかし今更だけど石井岳龍って何だよ!

しゃべる猿が出てきます。
名前は忘れましたが、たしか「ゼウス」的な名前だったと記憶しています。言わずと知れた全知全能の神。
そしてこの「ゼウス」がナレーションも担当している所が映画としてのミソでもあるのです。

ナレーションのパターンはいくつかあります。
例えば主人公自身の一人称。有名なところでは『サンセット大通り』の意表をついた一人称ナレーション。
例えば主人公以外の登場人物が「語り部」役となっているパターン。んー、すぐに思い付くのは『ラストエンペラー』とかでしょうか。ピーター・オトゥールがそれに当たります。
この2つのパターンは、ナレーターの視点=ナレーターが知り得る範囲でストーリーが進行することです。
それと大きく異なるのが全くの第三者、いわば「神の視点」で全体を俯瞰するパターン。そうだな、歴史物のドラマなんかに多い。要するに解説に陥りがち。

この映画は、全知全能の神が「神視点」のナレーターであり、人間と交信できる特異な存在(言わば神)としても劇中に登場し、ワチャワチャしてる人間どもを目の当たりにしてその交信を断つという物語なのです。
いわば神の不在。ベルイマンの世界。いやむしろ世界の終焉。黙示録。

え?ワケワカラナイ映画だったって?こう言っちゃナンだけど、そんなあなたは「腹ふり党」に入信しちゃう側の人ですね。
ワケワカだった人には地獄の時間。地獄の黙示録。

混沌とした映画ですが、復讐劇であったり権力闘争に敗れたものが精神的に豊かになったり、実は個々の物語はそう複雑じゃない。むしろ直線的でベタなドラマツルギーと言ってもいい。キャラクター造形も同様です。役者が達者だからステレオタイプに見え難いけどね。

この映画、直線的な物語が複数走ってるんだと思うんです。複雑に絡み合ったり、モザイクアートの様に別の物語が浮かび上がるわけじゃない。
私はこの「単純線が複数走る(特に絡み合うわけじゃない)」って、すごく現代的な気がするんです。上手く説明できないんですけど、今の世の中、どんどん短絡的になっているのにややこしさが増している気がするんです。昔は逆だったということを書いた方が分かりやすい。世の中はもっと単純で、人の心の機微こそが複雑で難解だった。だから小説も映画も文学として成り得た。そんな気がするんです。

ま、この映画がそこまで意図したとは思えませんが、小ネタだけじゃない大枠も現代社会への皮肉に満ちてる気がしたんです。現代的なパンク。撃つべき相手は体制とか国家とかじゃなくて大衆(世論)なんですよ。



2018年6月30日公開(2018年/日本)

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