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ナチュラルウーマン



ノーマルじゃないけどナチュラルだって話なのか?設定は抜群なんだけど、逆にブレる。

監督:セバスティアン・レリオ/新宿シネマカリテ/★3(60点)本家公式サイト
「イグアスの滝へ行こうねー」って話が出てきます。イグアスの滝と言えば、『ブエノスアイレス』でも目指した先だったと記憶しています。そして『ブエノスアイレス』もゲイのお話。もしかすると『ブエノスアイレス』へのオマージュなのかもしれません。

でも、同性愛を物語の主軸に置きたかったら、遺族側の感情を丁寧に描く必要があったと思うんです。その複雑な感情こそが、同性愛に対する偏見を浮かび上がらせ、観客は見入るんじゃないんですかね?
だって、「愛人の所で死んだ」ってだけで、たとえそれがノーマルな女性だったとしても、充分に主人公(愛人)は風当たり強いもの。
これ実は、ゲイじゃなくても成立する話だと思うんですよ。むしろゲイが余計な設定で話がブレるくらい。

この物語の客観性を担保するはずの「遺族」を単なる「主人公の障害物」に貶めた結果、一方的な言い分の話、言い換えれば「勧善懲悪」の話になってしまっている。
遺族は彼女(?)を「モンスター」と言いますが、彼女からしたら遺族がモンスターなのです。それは分かるんですが、キャラクター造形が極端過ぎる気がします。だから勧善懲悪に見えてしまうのです。

主人公の行動動機が、フランソワ・オゾンの『まぼろし』的なのであれば、やっぱり「心の機微」の物語を求めちゃうんですよね。
この手の話は「お前平成生まれじゃん!」でお馴染みグザヴィエ・ドランで見慣れてるせいもあるんですが、お国柄なのかどうか分かりませんが、だいぶ違うもんですな。
つまらない映画ではないんですが、抜群に面白い設定まで。もっと良い作品になる素材だったと思うんですがね。



日本公開2018年2月24日(2017年/チリ=米=独=スペイン)

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