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ジュピターズ・ムーン



ベルイマンやフェリーニが「神の不在」を謳って半世紀以上。いまやヨーロッパの「神の不在」は深刻らしい。

監督:コーネル・ムンドルッツォ/ヒューマントラストシネマ渋谷/★3(65点)(本家/公式サイト
ガリレオが発見したという4つの「木星の月(衛星)」の1つ「エウロパ(Europa)」。この映画は冒頭に「この映画はヨーロッパ(Europa)のお話しですよ」と宣言しているのです。

映画は「神」や「罰」を「人類最大の発明」と言います。
そして、難民やテロなどの不安定なヨーロッパ情勢を描写し、空を飛ぶ“奇跡”を見せます。

この映画が描こうとしているのは「神の不在」なんじゃないかと思うのです。

イングマール・ベルイマンが『第七の封印』を撮ったのが1957年。フェリーニが『甘い生活』で撤去される(空飛ぶ)キリスト像を描いたのが1960年。それから半世紀、いやもう60年近くを経てなお、ヨーロッパ人(キリスト教圏)にとって「神の不在」は大きなテーマであり、むしろ今の方が事態は深刻化しているのかもしれません。
あるいは、泥沼の現状を打開するには“奇跡”しかないという、すがるような心境なのかもしれません。

SF仕立てという触れ込みの映画で(サイエンス・フィクションと呼ぶには荒唐無稽ではありますが)、考えてみればアーサー・C・クラークに代表されるように、SFと「神」は相性がいいんですね。
私はアイザック・アシモフの『夜来たる』を思い出しましたよ。太陽が6つある話でしたけどね。「夜が来ない」惑星に日食で2千年ぶりの「夜」が来る。それはもう“奇跡”と“神”について考えざるを得ない設定なわけです。

そういう意味では、この映画も“奇跡”と“神”について考えなきゃいけない設定ではあると思います。荒唐無稽だけど(<しつこい)。

だけどやっぱり肌感覚で分からないんですよ、「神」や「罪」が。
ほら、日本人って「お天道様(太陽)が見てる」とか「ばちが当たる」文化だから。神だって日本には八百万いるそうだしね。そういや、天岩戸に天照大神が立てこもったって話も「日食」だって説があるよね。

皮膚感覚で理解できないから、映画の中のどこにも自分がいない。「スゲー撮影してんな」とか思いながら、ただ事態を見守るだけ。そういう映画だったんですよね、残念ながら。



日本公開2018年1月27日(2017年/ハンガリー=独)

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