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ビジランテ



入江悠の『アウトレイジ』的『サイタマノラッパー』。巧いんだけど、サジ加減が少しおかしくないか?

監督:入江悠/テアトル新宿/★3(68点)本家公式サイト
親子とか兄弟とか、そういうもっともらしいことを言ってはいるんだけれども、結局死んで解決するのって“逃げ”のような気がするんです。

入江悠の「地方都市(田舎)の閉塞感」描写って巧いんです。もっとも、田舎感というより「埼玉感」。なんなら埼玉の深谷感。
どうでもいい話だけど、埼玉の空って高架鉄道のイメージなんですよ、東北新幹線とか上越新幹線とか東武とか。そのくせ、栃木や群馬と違って山が見えない。関東平野だからね。地方(田舎)って、それぞれ空が違う。空が違えば空気感が違う。それを切り取れるか、画面から空気感が感じ取れるか、それが監督の手腕。そういった意味で入江悠は(少なくとも埼玉に関しては)腕のいい監督だと思う。

で、話を元に戻して、田舎の閉塞感って、「その町で生きる」ってことで、町を「去る」か「残る」か、「受け入れる」か「変革する」か、そういうのが主題になると思うのです。たしかに市議の次男はそうなんですけどね。
この長男=大森南朋は、いわば平和を壊す怪獣=ゴジラなんでね、そういう解決方法は“逃げ”のような気がしちゃうのです。なんかこう、自分の意志で前進(あるいは後退)しないと。

逆に、それはあくまで設定にすぎず、バイオレンスが主眼だったと仮定しましょう。例えば『アウトレイジ』とか。あるいは、一人の男の「死に様映画」だったとしましょう。例えば『ソナチネ』とか。
いずれも、ヤクザ世界というある意味ファンタジーなのです。
ところがこの映画は、田舎の閉塞感がリアル過ぎるんです。中国人問題とかさ(それも決着を逃げてるように思える)。観ていて、ただただ嫌な思いしか残らない。

どうも入江悠は巧いんだけど、サジ加減が巧くない。
例えば篠田麻里子のキャラとかね。あれは市議レベルの夫人じゃない。いずれ国政進出を目論んでる県議クラスの奥さんですよ。



2017年12月9日公開(2017年 日)

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