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古嶺街〈クーリンチェ〉少年殺人事件〈4Kレストア・デジタルリマスター版〉



台湾の歴史が分からない。この空気を皮膚感覚で理解できない。悔しい。

監督:エドワード・ヤン/角川シネマ有楽町/★4(78点)本家公式サイト
4Kレストア・デジタルリマスター236分版で初鑑賞。
公開当時「観たい!」と思ってた記憶はあるんですが、ついぞ観ないまま「名作」とか呼ばれるようになっちゃってね。
正直言って俺、エドワード・ヤンとホウ・シャオシェンがゴッチャになってるのね。どっちかがトントンでどっちかがヤンヤンで、夏の思い出だか夏休みだか冬休みなんですよね?そして私、ホウ・シャオシェンが苦手なんですわ。加えてほぼ4時間という長尺で尻込みしたまま今日に至ったわけです。

たしかに長い。でも飽きない。

この映画、『ウエスト・サイド物語』の本歌取りなんだと思うのです。
劇中、プレスリーという形を借りて「アメリカへの憧憬」が描かれることからも推測されます。アメリカ留学していたエドワード・ヤンは洗練された空気を吸っていたのでしょう。「傾いたラジオ」なんて、とっても映画的な情景じゃないですか。

その一方で、映画にリアリティも求めています。
学校横の撮影所で監督が怒ります「10歳代の役を30歳代が演じてるんだぞ!」。これはエドワード・ヤンの映画に対する姿勢の現れにも思えます。
そして、カメラテストで自然な涙を流す彼女の姿は、監督のリアリティ宣言であり、映画的な情景であり、そして我々観客に彼女を信じ込ませる作為なのです。

しかしこの映画、「青春映画」として主人公と女の子にスポットを当てただけなら、やっぱり冗長なんです。それだったら半分でいい。半分でも長い。
エドワード・ヤンが描きたかったのは時代なんだと思うんです。

西洋文化への憧れ、中国共産主義の台頭、日本統治下時代の残像。
そういったものがない混ぜになったエアポケットみたいな時代。
しかし残念ながら私にはその時代の台湾が分からない。その空気感が皮膚感覚で理解できない。

例えば、上海からの外省人はインテリ気取ってる風に見られてるとか。それもあって隣の果物屋(?)のオヤジの態度が悪いとか。お父さんがラジオで政局を真剣に聞く意味とか(『ミツバチのささやき』みたいだ)。上海出身だけど実はお父さん田舎者で、本当はお母さんがオシャレ女子だったとか。「南」という土地の持つ意味とか(『エル・スール』みたいだ)。

いや確かに、お前に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の空気感が分かるのか?って言われたら分からないよ。『けんかえれじい』だって分からないよ。なんでナニでピアノ弾いてるのさ(<それは時代の空気感と関係ない)。
だけど圧倒的な情報量を刷り込まれているんですね。ところが台湾は、アメリカよりこんなに近いのに、何も知らない。そんなことを痛感した映画でした。

デジタル・リマスター版日本公開2017年3月11日(1991年/台湾)

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