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たかが世界の終わり



お前、平成生まれじゃん!でおなじみ天才ドランの『家族の肖像』。徹底して本音を言わない映画。

監督:グザヴィエ・ドラン/恵比寿ガーデンシネマ/★5(92点)本家公式サイト
冒頭で「死期の迫った主人公が、それを家族に伝えるために12年ぶりに実家に帰る」ということを観客に提示します。
この映画で観客に明示するのはこれだけ。それ以外は観客の読解力に委ねられます。

私はアップの多様演出は嫌いなのですが、それは台詞を喋ってる人を写す「説明描写」だからです。そして画面の情報量が「顔」しかない情報量不足だからです。
しかしドランはそれを逆手に取る。徹底的にアップの連続で、意図的に観客に与える情報を遮断します。
なんなら、母、兄、兄嫁、妹という人間関係も注意深く観ていないと分からないくらい。
そして皆が皆「本音を言わない」。

マリオン・コティヤール演じる兄嫁は外国の人なのでしょう。ぎこちないフランス語(日本語訳が上手かった)だけでそれを表現します。もしかすると、結婚を機にカナダに移住したアメリカ人なのかもしれません(そもそも舞台がフランスなんだかカナダなんだかも分かりませんが)。
そんな彼女がいち早く主人公の異変に気付きます。それもマリオン・コティヤールの視線だけで表現するのです。
そしてしばらくして彼女は聞くのです。「どのくらいなの?」

ヴァンサン・カッセル演じる兄は大変嫌な奴です。思ったことをすぐに口に出しているように見えますが、本音は飲み込んでいます。
彼が言わない本音を私が代わりに言いましょう。
「ゲイの家族ってことで俺達が周囲からどんな扱いを受けたか分かってるのか!お前はこの街を離れてご出世か!その間、俺達がどんな辛い思いしたと思ってるんだ!」

冒頭でタクシー代ウンヌンの話をしますね。これでここは田舎町だということが分かります。田舎町ということは、ゲイに寛容ではない地域と推測されます。
さらに母親も言います。
「理解はできない。でも愛してる。この愛は誰にも壊せない」

主人公が去った12年前、妹はまだ10歳前後だったでしょう。おそらく、ゲイが何だか、一体兄に何があったのか、まだ理解できなかったと推測されます。
その後彼女も成長し、だいたい事情が飲み込めてきた上で、今回の再会です。
だから彼女は二人きりになった際に、グジャグジャとりとめのない話をするのです。本当はどう接していいか分からないのです。

やがて主人公は本当のことを家族に伝えようと決意しますが、それも映像だけで表現します。まるでサスペンスのような演出。気持ちの流れを画面で表現するのです。

でもそれを言わせない。ヴァンサン・カッセル兄ちゃんが言わせない。
彼の気持ちを代弁しましょう。
「母や妹を悲しませたくない」言い換えれば「母がこんなに楽しんだ“日曜日”を台無しにしたくない」。
もっと言っちゃえば「知らぬままどこかで勝手に野垂れ死んでくれればよかったものを、何で帰ってきやがったんだ」と思ったかもしれませんが、それより長男として「家族を守る」責務の方が強かったのだろうと思います。

激昂する妹は分かっていなかったでしょうが、きっと母親は分かっていたのでしょう。
彼女は言います「次は大丈夫」。

この言葉が意味することは何か。それはもう人によって様々な解釈ができるでしょう。
全てにおいて観客の読解力・想像力を刺激するゾクゾクする映画です。

日本公開2017年2月11日(2016年/カナダ=仏)

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