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スモーク〈デジタル・リマスター版〉



スモークだけに煙に巻いたような話。お後がよろしいようで。いやまあ、本当に後味がいい話なんだけど。

監督:ウェイン・ワン/恵比寿ガーデンシネマ/★3(61点)再鑑賞↓(本家公式サイト
いい話だと思うけど、正直、そんなにいい映画だとは思わないんですよね。
十数年ぶりの再鑑賞だったんですが、ラストのエピソード以外まったく記憶になかった。そのラストだって、野島伸司脚本のドラマ「世紀末の詩」(1998年)でパクってたから覚えてたようなもんで。映像が記憶に残るような映画じゃない。
ただ、好意的に思える点は、今時流行りの長編原作のダイジェスト版ではなく、短編小説を膨らませた映画であること。その方が映画に向いていると思うんです。

今にして思えば1995年の映画だそうで、80年代中盤から始まった日本のミニシアター・ブーム真っ只中の一本ということになるのでしょう。『バベットの晩餐会』(1987年日本公開)、『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年日本公開)、『バグダッド・カフェ』(1989年日本公開)。そう考えると、いろんな国のいろんな映画が観られた豊かな時代だったんですね。この『スモーク』は95年と少し遅い時期ですが、日本が出資してアメリカを舞台に香港人が監督した多国籍映画に進化している。
そしてこれら「ミニシアター系」映画は概して“いい話”が多いように思うんです。ま、“いい話”の定義は何だ?根拠はあるのか?って話ですがね。

あくまで私の感覚的な話になりますが、ミニシアター以前の単館系(そんな言葉もなかったんでしょうが)映画って、“いい話”じゃなくて“カルト”だったと思うんです。
例えば『エル・トポ』(1969年)、『ピンク・フラミンゴ』(1972年)。もちろんそんな映画ばっかりじゃないんですけど。

で、何が言いたいかというと、70年代までは「カウンターカルチャー」の時代だったと思うんです。これが(日本では)80年代中盤から「サブカルチャー」に変わってきた。
“いい話”が多くなるのは、物質的な豊かさに恵まれ、精神的な豊かさを求め始めた時代だからなのではないでしょうか。

これが日本特有なのか世界的な傾向なのか分かりませんが、ベトナム戦争を契機とした(多分に政治的要素を帯びた)カウンターカルチャーの終焉と無縁ではないように思います。
そしてそれは、日本に於いて「男は黙ってサッポロビール」の時代から「男性に求める要素ナンバー1=優しさ」に変わっていった時代とリンクするのかもしれません。
80年代中盤から90年代中盤は(少なくとも日本の)カルチャーが大きく変化した時代だったかもしれない・・・そんなことを考えさせられる映画でした。
(それだけ「時代だなぁ」と思う映画だったのもありますけど)

デジタル・リマスター版日本公開2016年12月17日(1995年/米=日本=独)

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