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ひなぎく



ガールズ・ゴダール


監督:ヴェラ・ヒティロヴァ/ユジク阿佐ヶ谷/★4(72点)本家
この映画を観るまで「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」作品を観たことがなく(まさかミロス・フォアマンが一味だったとは思わなんだ)、チェコの歴史なんて学校で習った「プラハの春」くらいしか知りませんから、ちょっと読みかじった上っ面の知識混じりで書きますけど、この映画のポイントは「女性監督」「社会主義政権下」「ヌーヴェルヴァーグの影響」の3点だと思うんです。

映画は、世の中に退屈した女の子の日常を描写します。
しかしその冒頭は戦争シーン。
これは女の子達が退屈な日常と闘う物語なのです。
と同時に、個人的な範囲を越え、国家的な規模(と言うとオーバーですが)の闘い、言い換えれば社会に対して闘いを挑む反体制映画、冒頭はその宣言のように思えるのです。
ちょうど「プラハの春」の少し前の作品なんですよ、これ。この手の作家が社会情勢と無縁に「可愛い女の子映画」を目指したとは思えない。

この当時でも、こうした自由奔放なアヴァンギャルドな女の子が描かれる映画は少なくありません(そしてその多くは現代女子に“オシャレ”として再評価されることが多い)。
ただ、その多くは、最終的には男目線で“説明”されちゃうんですよ。何が彼女をそうさせたか、的な。例えば、そうだなあ、巧い例えが思い付かないけど、『月曜日のユカ』とか。
でも監督が女性の場合、しばしばそうした“理屈”を超えるんです。ソフィア・コッポラでも感じるんですが、男には理解できない“感情”がスクリーンに映し出されることが多い。

2人のマリエは「私たちはダメ人間」と言います。これは「社会不適合者」という言葉に置き換えると分かりやすい。共産主義・社会主義の「社会」で「自由」を求める「社会不適合者」。これは主人公の台詞を借りた監督自身の言葉だと思うのです。
乱痴気騒ぎの際に口にする「ジョニーウォーカー」は、資本主義の象徴であり、自由の象徴なのでしょう。

この映画、実に政治的なメッセージを、ポップでアヴァンギャルドなヌーヴェルヴァーグの“仮面”で装飾した映画なんだと思います。
そうした狙いを抜きにしても、オシャレでカッコイイ映画として、高いレベルで成功してるんですけどね。66年の映画には見えないくらい。もっとも、それも狙いなんでしょうけど。

(1966年 チェコスロバキア)

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