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オーバー・フェンス



これは佐藤泰志「函館3部作」ではない。蒼井優先生ダンス3部作だ!こんな蒼井優先生が見たかった!

監督:山下敦弘/テアトル新宿/
★5(91点)公式サイト本家
私がいつから「蒼井優先生」と呼ぶようになったのか記憶にありませんが、『花とアリス』『フラガール』と、その踊りに魅了されてきたことは間違いありません。これは、その延長線上の映画です。嘘です。そんなこと言ってるのは私だけです。

彼女は愛に飢えているのです。鳥の求愛行動が好きなのも、同伴客の奥さんの話にキレたのも。それは男女間における問題だけではないのかもしれません。実家なのに別居しているのも、家族の愛を得られていない描写なのです。

だから彼女はオダジョーに“求愛のダンス”をするのです。
車で送ったのに家に入れてくれなかった男を外で待ち続け、ビールを一緒に買いに行き人前にも関わらず求愛するのです。それでも男は応えてくれなかった。
やっと抱いてくれた男は、いつまでも結婚指輪を外さず、未練タラタラ。おそらく彼女は、これまでも何度も「ヤッたら捨てられる」ということを繰り返してきたのでしょう。そんな自分が嫌で、身体をゴシゴシ洗うのでしょう。
この映画、というか、山下敦弘の描写の凄味は、言葉に出さないで背景を感じさせることなのです。

オダジョーが打ったのは『オーバー・フェンス』だったでしょう。しかしその打球の行方は映しません。
「ソフトボールの試合の後で父親に会いに行く」とオダジョーは言います。きっと蒼井優先生を連れて紹介するのでしょう。それは彼にとって一つのフェンスを超える行為なのです。だから、彼女が来ることを心待ちにしていたのです。しかしそれも打球の行方同様、描写しません。
この映画が本当にハッピーエンドだったかどうか、“過程を描く作家”山下敦弘は描写しないのです。
佐藤泰志が描く函館の閉塞感すら直接描写せず、「誰も大工になりたくない建築科」「大工になるか(自嘲)」「俺たち学生なんだけど(自嘲)」といった形で、心の閉塞感として描くのです。そして、微かな希望を見せて終えるのです。

最初の頃、オダジョーを捉えるショットが隣の部屋越しというのが幾つかあったんですね。まるでオダジョーが何かの枠の中に押し込められているような構図。
蒼井優先生が動物園の動物たちを逃した時に気付いたんです。
それは、彼女自身が檻から逃げ出したい衝動と、「私があなたを枠から出してあげる」という衝動だったと思うのです。それもまた『オーバー・フェンス』。だから、自分の檻から出ようとしない鷲とオダジョーにダブルミーニングで「なんでよ!」と苛立つのです。

さらに時間軸が遡りますが、キャバクラの中で蒼井優先生の“求愛ダンス”にオダジョーが応えるシーンがありますね。ここに至るまで、一度は抱いたけれども、彼は彼女の求愛に正面から応えてないんですね。
そしてこのシーン、松田翔太がヤリマンウンヌン知ったような口を利くので、オダジョーは「俺は彼女のことを知っている」と思うのです。
この映画ではしばしば、「お前に何が分かる」「あなたに何が分かる」と互いに罵り合います。しかしこの時、オダジョーは「俺だけは彼女が分かる」と思うのです。
これは男がグッとくるシチュエーションなのです。
この瞬間、この映画は「笑顔の向こうに孤独を見てしまった」“俺”の物語になり、心の底から蒼井優先生が愛おしく、またしても蒼井優先生の名作ダンス映画に立ち会うことになったのです。

もうね、山田洋次んとこでヌルい演技させられてる先生なんか観たかねーんですよ!こんなヒリヒリするような蒼井優先生が観たかったんですよ!

ご清聴ありがとうございました。

2016年9月17日公開(2016年 日)

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