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教授のおかしな妄想殺人



淀長先生が「アメリカ最後の哲学者」と評したウディ・アレンが描くテロリスト映画。おかしな邦題を付けるんじゃない。
監督:ウディ・アレン/新宿ピカデリー/★4(85点)公式サイト本家
もうね、ヒッチコック先生の『見知らぬ乗客』と『断崖』の本歌取りなんですよ。
ヒッチフリークにしてみれば、ヒッチコック臭プンプン。ご丁寧に遊園地にも行くしね。階段も登ってくるしね。

もっとも、交換殺人じゃないけど。あと、『スコルピオンの恋まじない』で『アパートの鍵貸します』の本歌取りやった際に「鍵こじ開けちゃいます」みたいなことやってますが、本作も同様、『断崖』的な疑いを向けたらあっさり認めちゃったりするけどね。

こんなこと書いてると、邦題同様コメディ風に見えますが、この映画は哲学です。
これは「テロリスト」が生まれるまでの物語なのです。ウディ・アレンの中には昨今の世界情勢が頭にあったのではないでしょうか。

ホアキン・フェニックス側から見れば、この殺人は“正義”なのです。世直し(のつもり)なのです。被害者に個人的な恨みはありません。『見知らぬ乗客』の交換殺人同様、傍から見れば“動機”はない。しかしその本当の動機は“信念”のようなもの。これはテロと変わりない。

「困ってる人は助かったし、自分自身も充実してるし、何が悪いの?」こういう理屈です。一見筋が通っています。
「それでも人は殺しちゃいけない」これは当たり前のことだけど、理屈になっていない。
この映画を哲学的だと私が思う理由は、論理的な筋の通った説明が必ずしも正解ではないということを提示しているからなんです。

淀川長治先生が「アメリカ最後の哲学者」と評したウディ・アレンの凄い所は、政治性すらはらんだこうした哲学を声高に叫ぶことはせず、ヒッチコック風味のオブラートで包んでエンターテイメントとして観客に提示する。アンナ・ハーレントの言葉などを引用し、裏に秘めたメッセージの手がかりを観客に与えながら。

もう少し言えば、エマ・ストーンは男が活力を取り戻したのは自分の影響だと信じ、実は男の活力源は“殺人”だったという、男女間の想いの相違まで描いている。だから男女それぞれのナレーションが生きてくる。
いやもう、熟練の技だわ。

日本公開 2016年6月11日(2015年 米)

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