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ソロモンの偽証 前篇・事件

ソロモンの偽証監督:成島出/ユナイテッド・シネマとしまえん/★5(90点)本家公式サイト

めっちゃ面白かった。疲れたけど。これから「失われた10年」を生きていく子供たちの幕開けとも読み取れる。
死体を俯瞰で写すんですね。アップからワンカットでカメラが引く。おそらく、彼が落ちたであろうその高さまで。
事件の発覚は朝。学校の通用門口。白銀の世界。広い空間をカメラが捉えます。

一方、後編に続く本作の終わりは夜。閉ざされた室内。そして事件当日の屋上。冒頭の白いイメージから一転、黒いイメージで幕を閉じます。
(バックに流れる「アルビノーニのアダージョ」がこれまたいいんだ。よく海外の葬儀で使われる曲なんだけど、ドラマ「あ・うん」でも使われてた印象が残っている)

尾野真千子演じる女性の「過去語り」の形式で映画が始まりますが、これには最初少々疑問を持ったんですね。過去の物語であることを強調されると緊張感が持続しない。原作は読んでいないけど、結果を明かしてから振り返るべき内容じゃないと思ったのです。
やはり監督もそこは分かっているのか、ナレーションは入れるけれども、極力最小限に抑え、決して現代と過去を行き来せず、観客の緊張感を切らせません。

じゃあ、どうして回想という形をとったんだろう?

一つには、主人公の少女の“視点”ということを重視したのかもしれません。リアルタイムでは彼女の知り得ない状況も説明する必要がある。でも、少女の視点で大人を描きたかった。彼女が真っ直ぐ見つめる視線が、この映画の肝であるような気がするのです。
またあるいは、主人公と一緒に観客を「全能の神」のポジションに置いて、後半で裏切るのかもね。勝手な推測だけど。

そしてさらに、現代シーンの会話中に出てくる「バブルの終わり頃だった」という言葉も重要なのではないかと思うのです。むしろ、わざわざこんな事を言わせるために現代シーンを用意したのかもしれません。
事件は1990年。この1,2年後にバブル崩壊。この時中学生だった主人公たちは「失われた10年」と呼ばれる時代に成長し、大人になるのです。
バブル時期、つまりこの事件の時点で、大人たちは“うわべ”の好景気に浮かれ、物事の本質を見失っていた時代だったのです。だからこの映画の大人たちは“うわべ”を装うための結論にすぐ飛び付こうとします。
しかし、そんな大人の姿を横目で見ながら、その先の時代を生きねばならない中学生たちは(少なくとも主人公は)、大人が見せようとする“うわべ”ではなく、その根底にある“真実”を見つけようとするのです。それが主人公の少女の“真っ直ぐな瞳”に集約されている。この映画は、そんな映画のように思うのです。

2015年3月7日公開(2015年 日)

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