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震える舌

監督:野村芳太郎/新文芸座/★4(80点)本家

全ての医療ドラマがこの映画の前にひれ伏すべき傑作。もう二度と観たくないけど。

確かに恐怖映画です。「最恐日本映画」「トラウマ映画ナンバー1」の異名は伊達じゃありません。50歳近いオッサンになって初めて観たけど、怖かったもん。いやむしろ、この歳だから余計怖いのかもしれません。

でも、実は丁寧な映画だと思うんです。野村芳太郎お得意の「超望遠ギューン」とかやるんですけど、それもこの団地の立地をワンショットで説明してるんですね。
治療の描写も丁寧だし、親が疲弊していく気持ちの流れもとても自然。

そして、基本、ビックリ!で脅かす映画ではないんですよ。ショック描写が“突然”ではない。
宇野重吉の口を借りて破傷風の病状を事前に観客に伝え、スーパー女医・中野良子に「悪い状態」と言わせる。食器のクダリもそうですが、「来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ」「手強いぞ」って手法なんです。つまり「卑怯」じゃない。

確かに、すごーく嫌なものを見せられるんですが、それは決してトリッキーなことではなく(当時のCMはバリバリトリッキー路線で売ってましたが)、親の気が狂うための必然なんです。十朱幸代が「産まなきゃよかった」と言うに至るには、観客を納得させるだけの“嫌なもの”を見せる必要があるんです。

主人公たる渡瀬・十朱夫婦は、この事態に対して傍観することしかできないのです。二人にできることと言えば、走って医者を呼びに行くか、「もう治療をやめてくれ」と果物ナイフを振り回すことくらい。黒澤明『天国と地獄』で言えば、権藤氏じゃなくて運転手のポジション(何故その例えなんだ?)。ただただ、事態の周辺で右往左往する人達。
これは、村上春樹小説の主人公、あるいはムーミンと同じなのです。彼らが事態を解決するわけでも、ましてや事態の発端にもならない。
これは、ある意味「文学」だと思うのです。

傍観者である主人公たちは、医者に頼るしかない。
その期待に応えたスーパー女医・中野良子の献身的な活躍は、この映画を秀逸な医療物に押し上げていると思うのですが、翻って、頼るしかない医者の“誤診”が事の起こりというのは、実は大変恐ろしいことだと思うのです。
他にも、「母親の目が届く範囲で感染する」という恐怖。「超望遠ギューン」は伊達じゃない。ちゃんと意味がある。

観終わって改めて考えると、実はこの映画、冒頭から「来るぞ来るぞ」をやっていたのです。

(1980年 松竹)

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