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紀子の食卓

監督:園子温/DVD/★5(92点)本家

『愛のむきだし』の原型であり、『家族ゲーム』の進化系。運命の赤い糸を自ら断ち切って始まる“薄皮一枚”の物語。
人と人の関係で成り立っている社会、コミュニティーとでも言うのかな、それが成立するかどうかは“薄皮一枚”という物語だと思うんです。
例えて言うなら、黒沢清が描き続ける「この世界は不安定」というのに似ている。黒沢清が精神的にも物質的にも不安定な世界であるのに対し、園子温はハッキリと“人”の存在に的を絞る。ん?例えとして分かりにくいか。

人は人との関わりなしには生きていけない。それは突き詰めれば、自分の存在価値を“相対的”に計ることに陥りかねない。俺はアイツより優秀なんだガオー!ライオンだぞー!強いんだぞー!
よほどの人でない限り自分の“絶対的な存在価値”だけを信じて生きていける人はいない。夜はオオカミになっちゃうぞー!パオーン!

図らずも私は、この映画を観て、20年以上前の『家族ゲーム』の理解を深める結果となったのです。いやまあ、レンタル家族から連想しただけですけど。

森田芳光は“団地”というキーワードを交えて、明確に“家族”という枠組みの崩壊を描きました。各人が家族としての役割を演じ、言いたいことを飲み込んで、“薄皮一枚”の関係で家族という枠組みを成り立たせている中、破壊王ゴジラとして家庭教師が東京湾から上陸するという物語です。
しかし今にして思えば、それは単に家族の枠組みだけの問題ではなかったのです。その根底にあるのは“人と人”“あなたと私”の“薄皮一枚”だったのです。

『家族ゲーム』の進化形とも言えるこの映画は、「レンタル家族」というキーワードを出しながらも“家族”の物語ではありません。キッパリ。家族の物語と呼ぶには母親の存在が希薄すぎます。娘達の悩みなら同性である母親がもっと介在するでしょうし、妹・吉高由里子は父親のシミュレーションをしても母親は一切思い浮かべません。
それが意図的なのか失敗なのか分かりませんが、結果、家族という“枠組み”より、明確に“人”に焦点が当てられます。
家族という“枠組み”が当然だった(それ故、それを壊すことが最先端だった)森田芳光の時代から、約20年を経て、社会が変わったのです。

「ただのガキ」がコートの袖の「赤い糸」を自ら断ち切ることから映画は始まります。
名前も変え、「赤い糸」も思い出箱に閉じ込めて、彼女が飛び込んだ先は“異世界”なのです。
異世界に紛れ込んだ人間とその周囲の人間が、その異常な状況下で“薄皮一枚”を引き剥がされ、人間の本性が垣間見える。それが園子温の映画の特徴のような気がします。

(2005年 日)

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