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クロワッサンで朝食を

クロワッサンで朝食を監督:イルマル・ラーグ/シネスイッチ銀座/★4(70点)本家公式サイト

これは『ドライビング・ミス・デイジー』のような頑固主人と使用人の話ではない。女男女の性的な物語であり、俺は主演女優のバーグマン顔だけで飯が食える。
宣伝を鵜呑みにして『ドライビング・ミス・デイジー』的な頑固主人と使用人が心を通わせる話と思って観るとお腹いっぱいにはならないと思う。だって朝食しか食ってないんだもん。昼食や夕飯の問題だってあるだろうよ。俺なんか三日も家にいたら「朝昼晩献立を考えるのが面倒だ!」ってヨメが怒りだすよ。

いきなりネタバレですが、ラストシーン、85歳のジャンヌ・モローが不気味な笑顔で使用人アンヌの帰宅を喜びます。一方、アンヌは少し困惑顔です。アンヌ演じるエストニア女優ライネ・マギは54歳だそうですが、私はめっちゃ好みの顔です。全然いけます。いやそんなことはどうでもいいのですが、この“不気味な笑顔”と“困惑顔”の再会を見れば、これが一般的な心の交流物語なんかでないことは明白です。

ジャンヌ・モローの愛人の男=ステファンは、ジャンヌ・モローが死ねばいいのにと思っています。それをアンヌも知っています。一方ジャンヌ・モローは自分の男をアンヌに寝取られたことを知っています。全てを知っていて「お帰り」と“不気味な笑顔”を見せるのです。

思い出してみましょう。アンヌは「愛している人とだけ寝たい」と言い、それをジャンヌ・モローは「バカじゃね?いい男が言い寄ってきてもそんなこと言うの?」とか言います。カッケー。ま、現実のジャンヌ・モローは「私は富も名声も知性も持っている。男にそんなものは求めていない。美しければそれでいい」という名言を残していますが。超カッケー。

ジャンヌ・モローとアンヌがカフェを訪れた際、ステファンがアンヌに耳打ちする姿をジャンヌ・モローはチラ見します。そして、家政婦を辞めると伝えにステファンの事務所へ向かうアンヌは、膝上ミニスカートで、使用人ではなく“女”として訪れるのです。
男関係を拒んでいたアンヌは、ジャンヌ・モローの言葉通りいい男の前に屈するのです。

アンヌはパリのエストニア人達と交流を持ちたがりますが、ジャンヌ・モローは「奴ら、50年も昔の不倫話をグチャグチャ言いやがって」と罵ります。さらにアンヌを「エストニアの田舎者」「パリっ子はルーブルなんか行かねえんだよ」と言い、精力的にパリ観光をするアンヌも結局ルーブル美術館へは行きません。国に帰る前に行きゃいいのに。あれだけ印象的に凱旋門やセーヌ川、エッフェル塔を映すのですから、演出上のミスでもありません。アンヌは、ジャンヌ・モローの言う通りにルーブル美術館へ行かないのです。

ミニスカートで“女”として事務所へ現れたアンヌの情事は直接描写されません。
代わりに、ジャンヌ・モローが「思い出」と言いながらステファンの身体を撫で回す描写をします。
つまりこの映画は、二人の女が同化していく物語なのです。

この手の話は「鶴の恩返し」パターンで、新しい家政婦が頑固な老人を変えていくのが通常でしょう。
しかしこの映画は、家政婦アンヌが頑固な老人ジャンヌ・モローに(無意識のうちに)看過されていく(鶴の側が変化していく)物語なのです。
ジャンヌ・モローが“不気味な笑顔”でアンヌを迎え入れる様は、まるで「私の世界へようこそ」と言いながら、自らは退場していくように見えるのです。

日本公開2013年7月20日(2012年 仏=エストニア=ベルギー)

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