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イノセント・ガーデン

イノセント・ガーデン監督:パク・チャヌク/新宿シネマカリテ/
★4(70点)本家公式サイト

わーい!パク・チャヌクのハリウッドデビュー作!と喜び勇んで観に行ったら、まさかのヒッチコック新解釈。よーし、受けて立つぜ!
設定を聞いて『疑惑の影』みたいだと思ったら、まさかの「チャーリー叔父さん」。
ヒッチコック監督作『疑惑の影』ってのは、田舎で退屈している少女チャーリーの家に「チャーリー叔父さん」がやってきて、最初はワーイ言うとるんだけど、だんだんチャーリー叔父さんが怪しく思えてくる。実は叔父さんは・・・って話。
ね。ほとんど同じでしょ。
てか、「チャーリー叔父さん」って命名したってことは確実に意識している。ただのパクリだったら、わざわざそんな真似しないでしょ。

結論を言えば、この『イノセント・ガーデン』、ラスト数分だけで私は大満足。こんな映画が観たかった。こんな狂った映画が観たいんだ!

しかし、内実はなかなか面倒くさい映画だ。

『疑惑の影』は、田舎娘のチャーリーと叔父さんのチャーリー、男女2人のチャーリーの関係性で物語が進む。
『イノセント・ガーデン』は、チャーリー叔父、男好きのする母、純潔な娘という3人で進行する。途中、2人の婆さんとボンクラ男子をわざわざ登場させて排除することで、クッキリと「3人の物語」を際立たせる。
いや、正確には3人の物語ではない。叔父と姪、母と娘、それぞれの物語なのだ。いや、それも違う。これはもう母と娘じゃない。1人の男をめぐる女と女の物語だ。面倒くさい。

『疑惑の影』は、見方によっては「少女が大人になる物語」と読み取ることができる。
そして『イノセント・ガーデン』は、確実にハッキリと「少女が大人(女)になる物語」として描いている。性の目覚めを明確に描き、同時に、自分の中に流れる“血”に目覚める。

「花は自分で色を選べない。しかし、それを受け入れてしまえば自由になれる」

これは、主人公の少女が「自覚する物語」であり「宿命を受け容れる物語」である。
そうかあ、『疑惑の影』をそう解釈したかぁ。

もう一度だけ話を『疑惑の影』に戻そう。
最初に書いたとおり、少女チャーリーとチャーリー叔父さんの話。
なぜこの二人は同じ名前なのだろう?
おそらく、『イノセント・ガーデン』の解釈は、二人は同じ“血(資質)”を持った人間ということなんだと思う。
その二人が、『疑惑の影』では善と悪の両方に別れる話だったが、『イノセント・ガーデン』は同化する話となったのだろう。なかなか面倒くさい。

ふぅ。アン・リーの『ラスト、コーション』以来、久しぶりにヒッチ先生引き合いに出して熱弁ふるったぜ(<『ヒッチコック』でやれよ)。

日本公開2013年5月31日(2013年 FOX)

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