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ザ・マスター

ザ・マスター
監督:ポール・トーマス・アンダーソン/新宿バルト9/★3(68点)
本家公式サイト

文学的すぎる。危険な兆候だ。
今時キチガイ沙汰のガチな撮影をして、ハッとするような映画らしいシーンをしばしば見せてくれるPTA。この映画も例外ではない。
例えば、変な酒呑ませて死んだとかナンだとかで、何だか分からない外人のコミュニティーから逃げ出すシーンがあるじゃない?あの閉ざされた室内空間から抜け出た時の空間の広がりなんかゾクゾクしちゃう。

そうした画面作りに対する自信なのか挑戦なのか、はたまた映像作家を目指しているのか、実はこの映画、エピソードとしては肝心なことを意図的に省いている。
つまり、「直接描かないけど行間を読んでくれ」という作りに見えるのです。

例えば主人公。この性格がトラウマによるものなのかと思えば、遺伝的とも思える台詞もあり、(ハリウッド的な分かりやすい)明示を意図的に避けている。
この教団にしても、映画紹介のあらすじにあるような「新興宗教」と一言で断じてしまうほど(分かりやすく)悪い存在ではない。おそらく時代的に第二次大戦によるトラウマを抱えた帰還兵や遺族にこうした団体が支持された時期のように思えるが、そうした背景も明示しない。むしろこの団体の鍵を握っているのはマスターよりも妻に見えるのですが、それも明確にしません。
もっと言ってしまえば、オッサン二人が惹かれ合う過程すら、エピソードとしては分かりやすいものではないのです。

この映画で唯一ハッキリ描いているのは「中国行きのスロウ・ボート」しかない(←言い過ぎ)。

フィリップ・シーモア・ホフマンが最後に歌う曲で、村上春樹にも同タイトルの短編小説があるジャズのスタンダードナンバーです。こんな所でこの曲に出会えると思いませんでしたが、ま、そんなことはどうでもよろし。
しかしホアキン・フェニックス演じる主人公は、戦地に赴く際の女性との回想で「上海に行く」といった旨を言っていますから、映画冒頭の艦は正に「中国行きのスロウ・ボート」ということになるのでしょう。
「なぜか上海」。あ、これは井上陽水の曲で何の関係もありません。ただ言いたいだけ。

映画は最後、娼婦(?)を買って、マスターのメソッドを笑い話にする主人公で終えます。
なんじゃお前、冒頭からエロにしか興味がなかった奴が、最後エロに戻って終わりかい!という様にも見えるのですが、むしろ逆に“自己の解放”なんだと思うのです。
戦争、女との別れ、アルコール依存、マスターとの出会い、壁と窓を行ったり来たりさせられる変な洗脳、これ全部が“解放”に至るまでの過程、言わば「中国行きのスロウ・ボート」に揺られていたと考えると全て納得いくのです。
つい「オッサン二人の友情物語」に見えてしまいがちですが、それはたぶん過程の一つにすぎないんだと思います。そうでなければ、昔の彼女を探したり、街の女と寝るエピローグの意味がない。

しかし、この過剰に「直接描かないけど行間を読んでくれ」という作り、非常に文学的ではあるのですが、映画としてはどうなのよ?
商業映画としてはちょっと危険な兆候。
これでガチな撮影に拍車がかかったらマイケル・チミノになっちゃうぜ。

日本公開2013年3月22日(2012年 米)

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