November 2018  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

ジャンゴ 繋がれざる者

ジャンゴ
監督:クエンティン・タランティーノ/ユナイテッド・シネマとしまえん/
★3(60点)本家公式サイト

ディカプリオがカワイイ
タランティーノの映画は破天荒なイメージが先行しがちで、実際そう思っている人も多いでしょうし、そういう宣伝もされるんですが、本当は実に計算されていて、以外に律儀な映画だと思うんです。
特に主要人物の“生死”に関しては実に律儀。むしろ道徳的ですらある。

登場人物たちが理不尽に半殺しの目に遭うことはあっても、理不尽に殺されることはないんですね。殺される人間には、殺されるだけの理由をキチンと描写している。間違っても『スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ』のようなことにはならない。
そのことに気付いたのは、遅まきながら『デス・プルーフ』だったんですが、思い返せば、『パルプ・フィクション』でのトラヴォルタとサミュエル・L・ジャクソンの生死を分けたものも、『レザボア・ドッグス』でのMrオレンジもその道理を貫いていたのです。『キル・ビル』に至ってはユマ・サーマンはもちろんのこと、そのお腹の子ですら見事に“タランティーノの道徳観”に則っているのです。

そういった意味では、子供の前で撃つことに躊躇するジャンゴと「幸せな死に様」と平然と言ってのけるシュルツの描写で、この映画のラストシーンには一人しか立っていないでろうことがある程度推測できてしまいますし、ジャンゴの妻もどんな拷問を受けようとも決して死ぬことはなかろうと推測できてしまうのです。
まあ、それは置いておくとしても、タランティーノには「奥さん殺されて娘レイプされて」といったチャールズ・ブロンソン的な“圧倒的復讐劇”は出来ないんだと思うんです。(そう考えると『キル・ビル』はその点をよく消化していた)

実際この映画は、本来的な復讐劇ではありません。
ジャンゴが妻と引き裂かれたこととディカプリオは何ら因果関係はありませんし、デカプーを撃つのはジャンゴではありません。
ジャンゴの行動目的は「妻を取り戻すこと」であり「生き延びること」なのです。
つまりジャンゴの戦っている相手は、ブロンソン的“圧倒的復讐劇”の対象たるべき個人ではなく、“奴隷制度”というモヤモヤ〜としたものになっちゃっているように思うのです。
しかし計算高いタランティーノは、モヤモヤ〜としたものと戦っても盛り上がらないことは重々承知で、ディカプリオ個人に恨み節を集約させていくのです。

さて、私が言いたいことはここからが本題です。
脚本上巧みにディカプリオに憎悪が向けられるよう仕組まれているのですが、そのベースにあるのは前述した“タランティーノ的道徳観”なんですね。
負けた剣闘士がカナヅチで頭を叩き割られたり、犬に食われたり、主要登場人物には当てはめない“理不尽な死”をもって「デカプー=嫌な奴」に仕立て上げているのです。

で、私が思うのは、それだけで「デカプー=嫌な奴」に見えるか?ってことなんです。
だって、サミュエル・L・ジャクソンに言われるまで策略に気付かないおバカさんなんだぜ。カワイイじゃない。握手くらいしてやれよ。
いやまあ、私がデカプーと相性が悪く、ぶっちゃけ彼の映画で面白かったものがほとんどないという色眼鏡だけどね。大好きなウディ・アレン映画だってデカプーが出たのはサイテーだったしね。

デカプー出演の最高傑作はサム・ライミの『クイック&デッド』であることは万人が認めるところですが(こういうことをサラッと書くとたまに真に受ける人がいるので言いますけどね。冗談ですよ)、あれはやっぱりジーン・ハックマンに負う所が大きいと思うんですよ。
あのジーン・ハックマンはクリント・イーストウッド『許されざる者』の自己パロディーですが、そりゃもう強くて尊大でものすごく嫌な“敵役”なわけです。ジーン・ハックマンは敵役の鏡。悪役ジーン・ハックマン最高!もう一回観直そうかな、『スーパーマン』(<そこかよ)。

しかし、この映画に強大な“敵役”は存在しない。デカプーはその役を担いきれていない。デカプーはジーン・ハックマンにはなれない。
だからね、俺はイマイチ盛り上がらなかったの。こんなおバカさん、握手してトットとオサラバすりゃいいじゃん。何を自ら事態を複雑にしてんのさ、と思っちゃった。
まあ、“敵役”をサミュエル・L・ジャクソンと二人で担ったと見るべきなんでしょうけど、憎悪の対象とさせたデカプーの背後にもう一枚大物がいたということと、白人シュルツにデカプーを撃たせジャンゴには黒人サミュエルを撃たせるという変化球は、これ実は複雑なプロットだと思うんです。
俺には、時間軸が交差する今までの映画よりも、素直さに欠けるプロットに見えるんだがなあ。この映画、全然ストレートじゃないぜ。

CGを使わなかったという凝り性には感服するし、面白かったことは面白かったんだけど、この長い映画をもう一度観たいかと問われたら、同じ時間があったらド直球の『ワイルドバンチ』を観るね、というのが正直な感想。

余談

あのKKKを想起させる白い覆面は元祖『Django』のパロディーなんだろうなあ。
俺の記憶が間違ってなければ、たしか出てくるんだよ、覆面した連中が(エキストラが足らなくなっただけらしいが)。

日本公開2013年3月1日(2012年 日)

comments

   

trackback

pagetop