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ゼロ・ダーク・サーティ

ゼロ・ダーク・サーティ
監督:キャスリン・ビグロー/TOHOシネマズ渋谷/
★5(90点)本家公式サイト

キャスリン・ビグローの「お仕事中毒な私!」シリーズ。猛者の中に紅一点の主人公に重なるキャスリン・ビグローの執念。それ故か、とても熱のこもった映画に思える。興奮した。
女性監督が多くなったとはいえ、まだまだ男社会の映画界。
これは以前から時折書いているのだが、例えばジェーン・カンピオンなんかの作品はフェミニズムを前面に押し出して男と戦う姿勢を顕にしているように見えるし、一方ソフィア・コッポラなんかはジェンダーなんかどこ吹く風、むしろ女性が映画を撮るのが当然のように自然体で、女性であることを楽しんでるイマドキ女子みたい。
キャスリン・ビグローはその中間に位置しているように思う(年齢はジェーン・カンピオンよりちょっと上だが)。男を敵視するでも無視するでもなく、男に同化しようとしているように見える。てか、本当は男なんじゃね?(単に骨太話が好きなだけかもしれないけど)

おそらく、キャスリン・ビグロー自身の製作3作目だと思う。
今日ここに至るまで、男社会の映画界の中で、彼女は散々辛酸を舐めてきただろう。キャスリン・ビグローは辛酸なめ子。
そんな彼女の映画製作の苦労が、猛者の中で紅一点突っ走る主人公に重なって見える。

拷問シーンから映画は始まるが、まさに男社会の典型。ビグロー自身が飛び込んだ映画界はそういう所だ。
しかし彼女は女性らしいアプローチで道を拓いていったのだろう。主人公マヤが捕虜を懐柔したように。

そしてマヤがビン・ラディンの連絡係に目を付けたように、ビグローも新しい企画を立ち上げる。
しかし周囲から反対されるのだ。「攻撃できる理由を見つけてこい」「もっとヒットする企画を考えろ」と。
それでも執拗に追い続ける。
そうこうしている内に協力者も出てくるが、一方で去る者もいる。
映画では周囲の女性が周到に排除され、猛者の中の紅一点が強調される。おそらく、ビグローにとって映画製作は孤独な戦いなのだろう。

それでもなんとか企画の実現に近づく。むしろそこにビン・ラディンがいるんじゃないかという状態だ。
それでも「成功の可能性は60%」だと言われる。お前の作る映画が成功する可能性は60%だと。

国防長官が聞くわけだよ。「他に君の実績は?」「ありません」。ビグローの自問自答なわけですよ。どんなに反対されようと、私は映画を撮ること以外「ありません」。

で、ヤイヤッと企画を実行しちゃうわけですが、当たるも八卦当たらぬも八卦、ビン・ラディンを捉えられるかどうか、作った映画がヒットするかどうか、結果が出る時には自分の手ではどうしょもない。ただ見つめて祈るしかない。

意識的か無意識かわからないけれど、たぶんそういう映画なんだと思う。
だから、キャスリン・ビグローが主人公マヤに注ぐ視線が熱い。
商業的な計算とか打算とかをふっ飛ばして、「彼女は私だ。仕事中毒な私自身だ」という魂の叫びみたいなものが垣間見えた気がする。
ま、気のせいかもしれないけど。

日本公開2013年2月15日(2012年 米)

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