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合衆国最後の日

監督:ロバート・アルドリッチ/渋谷シアターN/★4(70点)本家

1981年という近未来を舞台に60〜70年代アメリカの総括を試みたモニタリング映画。
まあ、映画として完成度が高いかと問われると、基本的にはデコボコしてる映画だと思うんです。最初の自動車強奪なんかユルいし、序盤は無理矢理な設定で無理矢理緊張感を高めようとしてるし。「こぼしたら大変!」って設定、結構愉快なんだよね、俺。入口は「ウヒウヒ見られる映画」と錯覚するもんだから、あとになって痛い目に合う(笑)。

この映画は画面分割が目を引くんですが、実は登場人物たちもほとんどモニター越しに事態を眺めていて、それを我々観客は画面分割でさらに眺めることになるわけです。私はこれを勝手に「モニタリング映画」と命名したんですが、神の視点で犯人と大統領両者の様子を眺めながら、しかし決して客観的ではなく、またどちらか一方に肩入れするわけでもなく、両者に感情移入してハラハラドキドキしながら事態の推移を見守ることになるんですね。

しかし、こうしてモニタリングしている我々が最終的に見せられるのは、実は“目に見えない力”なのです。

ミサイル基地占拠という国家の一大事と犯人の要求による国家の一大事という秀逸なプロット。
しかし最終的にそれを凌駕していくのは、大統領ですら「消耗品」にしてしまう“国家”という目に見えない何か。
特定の個人による陰謀などではない。戦時中の日本で言うところの(今でも憲法論議などでしばしば政治家が口にする)「国体」と呼ばれる何か。国民体育大会のことじゃない。
「人民の人民による人民のための政治」とリンカーンが言ったのは遥か昔。誰が何のために何を守ろうとしているのか。少なくとも60〜70年代のアメリカはそれを見失っていたことをえぐり出した映画なのだと私は思うんです。

ベトナム戦争の真相という都市伝説を扱い、その実ケネディ暗殺陰謀説という都市伝説をモデルにしたのかもしれない・・・なんて邪推は都市伝説にもならない。

(1997年 米)

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