November 2018  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

秋津温泉

監督:吉田喜重/CS/★5(90点)再鑑賞↑
本家

この映画が描いているのは男女の機微と時代の機微。そして岡田茉莉子の凄さ。ゾクゾクするほどメロドラマ!

久しぶりに再鑑賞して評価上がる。これ面白いわぁ。成瀬『浮雲』とこの『秋津温泉』はメロドラマの双璧と言っていいと思う。

この映画、17年間のあれやこれやなんやかんや、要するに“男女の心の機微”が、草履を脱いだり履いたり、物理的に近づいたり離れたり、「これが映画的運動だ!」と言わんばかりの移動カメラと合わせて、実に巧みに描写されている。
特に桜咲く津山城(だと思う)での岡田茉莉子と長門裕之のやり取りは、台詞回し、画面の切り取り方、カメラの移動、カット割り、観ていてゾクゾクする。

だけどこれ、メロドラマを装ってるけど、ただのメロドラマじゃない。ということに今さら気付いたよ。

映画は昭和20年の終戦から始まり、17年間に渡る男女関係を描きます。この映画の制作が昭和37年ですから、映画のラストと現実の時間軸が一致することになります。
言い換えれば、終戦から今日(当時)までの“年月”を総括した映画とも観て取れるわけです。
そうでなかったら、終戦の報を聞いた岡田茉莉子が配給の米をぶちまけながら取り乱す様を長々写す説明がつかない。この映画のスタート地点は「終戦」なのです。

絶望した男と希望を捨てない若い女が出会い、17年間あれやこれやなんやかんやあった末にその精神的な立場が逆転するわけですが、そこに終戦から今日までの時代の変遷が投影されているような気がするのです。ほぼ男女関係だけを描いているにもかかわらず。

なぜなら、この男と女は、時代とともに(それなりに)変化した者と変化できなかった者のように見えるのです。
彼女の選択する結末は、まるで戦後17年間で日本が何かを失っていった姿を象徴しているのかもしれません。
いやまあ、吉田喜重ということで深読みしすぎてるだけかもしれませんがね。

(1962年 松竹)

comments

   

trackback

pagetop