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真夜中からとびうつれ

多部ちゃん監督:横浜聡子/渋谷ユーロスペース/
★3(65点)(本家/公式サイト

横浜聡子の「映画論」。

今もっとも気になる監督・横浜聡子のわずか13分の短編。もともと雑誌企画のWebムービーで、Webでも観ていたんだが、限定劇場公開も観に行った。

とても難解な映画。
横浜聡子が時々垣間見せる“浮遊感”を全面に押し出した映画に見える。

「映画」と呼ばれる覗き箱を巡るお話・・・と解釈していいと思う。
エジソン発明のキネトスコープみたいな箱。実際、どこかの貧しい国では、見世物としてこうした箱を持って巡業する商売があるという。
それはさておき、本作は、「映画」と呼ばれる箱の外の話なんだか、箱の中の話なんだか、よく分からない。分からないと言うか、分からないようにしている。

それはもう、アッチの世界とコッチの世界を浮遊する横浜聡子の真骨頂で、映画の世界と現実の世界の境目が分からなくなっている(?)私のような人向きの映画とも言える。
実際、横浜聡子は多部ちゃんのことを「身近にいそうでいないタイプの女優」と評していて、意図的に現実と虚構の宙ぶらりんな映画を撮ろうとしていることがうかがえる。

これは「映画」という箱に託した、横浜聡子の映画論だと思う。

何が難解かって、「映画」の破壊も含めて、横浜聡子がこの映画に対して、そして映画そのものに対して、一体何を思っていて、何を言いたいのかはっきり分からないことだ。
映画の構成も浮遊していれば、言いたいことも浮遊しているように思える。
本作自体から読み取れるのはここまでだ。

ここから先は、映画自体から読み取ったことではないので少し卑怯な解釈だが、横浜聡子曰く、本作の脚本執筆中にあの大震災を迎えたという。
そして、「映画って何だろう?」と本当に分からなくなったそうだ。
ここからは私の勝手な推測だが、虚構の世界を描くことを生業とする者にとって、現実の大きな悲劇は、大きな無力感をもたらすということは想像に難くない。
(そして、そうした無力感に潰されない人だけが一流の作り手として名を上げる。)

しかしそれでも、本作はほのかな“希望”を感じさせる。
箱は破壊されても非痛感はない。
私は「横浜聡子の映画論」と評したが、本作は映画の作り手としてではなく、映画の関わり方としての映画論のような気もする。

余談
困り顔をしていないので多部ちゃんらしくないが、この映画の多部ちゃん、すごく可愛い。

2011年11月5日公開(2011年 リトルモア)13分

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