November 2018  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

パビリオン山椒魚

監督:冨永昌敬/DVD/★2(30点)
本家

嫌いじゃない所も随所にあるのだが、登場人物の行動目的や気持ちの流れが不明だとノレないもんだ。
冨永昌敬作品を観ることいなるのは、この3年後の『パンドラの匣』からだが、バッサリ場面転換したりするこの監督の映画的なリズムは嫌いじゃない。
実はこの映画の狙っている(であろう)所も嫌いじゃない。
おそらくこの映画は、「本物か偽物かなんてどうでもいいの」という台詞の通り、映画の虚構性にチャレンジした、ある意味ゴダール的な試みの映画なのかもしれない。

オダジョー演じる主人公の職業がストーリー上うまく活かされていないように思えるが、意図としては意味があるんだと思う。
おそらく彼は、レントゲン写真という肉眼では見えないものと、空想上のものしか目に入らない人間なのだろう。
だからこの映画は、人の死という現実から目を背けるように空想としての結末を迎える。
おそらくこの映画は、現実と直面したくない“現代的な男性”と、母親を知りたい(真実を知りたい)女性の物語なのだろう。
しかしまあ、描こうとしているテーマも複雑ならその描き方も複雑で、結果として成功しているようには思えないんだが。

そもそも、登場人物の行動目的や気持ちの流れが不明だと話にノレない、という問題がある。

オダジョーの奇行が分からないと言っているわけではない。
一番わからないのは“犯人”だ。
あそこで殺さなかればならない理由も分からなければ、わざわざ香椎由宇をあんな所まで迎えに行く理由もわからない。
香椎由宇も「母親のことを知ってしまった」ことをオダジョーに伝えればいいものを、言いもしないで迷惑がってる意味が分からない。

要するにこの映画、オダジョーの奇行というテーマ的に重要な(と思われる)点とシチュエーションの面白さ(と作り手が思っている)ばかりを追ってしまって、観客に上手に提示されていない印象がある。

(11.10.05 DVDにて鑑賞)

(2006年 日)

comments

   

trackback

pagetop