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キッズ・オールライト

キッズ・オールライト監督:リサ・チョロデンコ/飯田橋ギンレイ/
★3(51点)本家公式サイト

「父親なし・母親2人」という先進的(?)な設定の割に、かなり保守的な話。おそらく制作者の意図しないところで「アメリカ色」が濃く出た映画。
同性愛者のママ二人と姉弟の家族という特異な、そして現代ならあり得る設定。
予告で観た限りでは、特異な設定でありながらも毎度おなじみ「家族が一番」という定番メニューが提示されるのだろうと容易に想像でき、「ぶっちゃけ誰がこんな映画観るんだろう?」と思っていた。二番館の併映でなければ決して観なかっただろう。
実際に観てみると、ソコソコ複雑な話の展開をソコソコでソコソコ面白かったというのが最初の感想。(それでも誰が観るんだろう?という思いは変わらないが)

しかし冷静に考えてみれば、かなり保守的な話。というか、排他的「鎖国論」。

(ここから先はネタバレというより、観てない人には分からない話)

私がこの映画を「保守的」という理由は、「やっぱり家族が一番。シャンシャン」という物語だから、ということが理由ではない。
おそらく制作者は「雨降って地固まる」ということを意図してるんだろうが、家族という共同体、あるいは人と人の絆を描くのに、この映画は「他者の排除」という手法を選択するからだ。

姉も弟も、友人を排除することで家族の輪に戻る。
生物学的父親(精子ドナー)の登場に、彼を排除して家族の結束を守ろうとする女。
そんな女を排除しよう(避けよう)とする家族たち。
終いには生物学的父親を「侵入者」呼ばわりして排除することでメデタシメデタシ。

なんだそれ?

それはもう、他者(異文化)を排除することで共同体を保ってきたアメリカそのものの姿に他ならない。
東洋文化は清濁併せ呑む“受け入れる”思想があるが、西洋文化は“排除”の論理を中心に考える。
言い換えれば、「身内さえ幸せであればそれでいい」という身勝手な話にも見える。

この映画は、「レズの結婚」「人工授精での出産・子育て」という、現代的な題材を取り上げながら、実は(作り手の意図しないところで)古臭いアメリカ的保守思想に満ちた話なのである。

日本公開2011年4月29日(2010年 米)

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